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自見庄三郎金融大臣に聞く

「小医は病を癒し、大医は国を癒す」

 内科の医者という異色の職歴を持つ自見金融相は、医学と政治は似ているという。患者の命を預かる医師は、最悪を想定し段々とそれを消去しながら病気を確定していく。同じ生命体である国家を預かる政治家も、 最悪の事態を想定しながら、リスクマネージメントしないといけないという意味らしい。東日本大震災の時には、大臣室がある金融省の17 階まで階段で上り、大臣室を対策本部にしたという自見大臣に、地デジの扉を開けた感慨と17階から見える金融世界の眺望を聞いた。


文明の核心は倫理、哲学、宗教

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自見庄三郎金融大臣

 ──地デジが本格スタートとなりました。13年前の橋本政権の郵政大臣時代に政治主導で地デジ化を決定した実りとして7月24日を迎えたわけですが、どういう感慨がおありでしょうか。

 東北三県を除き、7月24日に予定通り地上アナログ放送が終了し、デジタル放送に完全移行させていただきました。

 この事業は、私が橋本内閣で郵政大臣(1997年~98年)をしていた時に、実質的に検討を行ったものです。この度、混乱なく円滑にデジタル移行を完了したことは、最初に戸をあけた私自身としても感慨深く喜ばしく思っております。

 郵政大臣時代には、地デジの研究開発用の共同利用施設を補正予算(平成10年度一次補正)で要求するよう指示し、大蔵省とも自ら直接交渉して350億円の予算を獲得しました。これが地デジの始まりとなりました。

 それは最後の最後、明日、補正予算が決まる時、なお補正予算の中に入ってなかったのです。その時、山崎拓さんが自民党の政調会長で、大蔵大臣が松永光さんで中曽根派の方でした。当時は、北海拓殖銀行が倒産し、山一証券が崩壊するなど、不況の最中で、どうにか景気浮揚しないといけない時代的要請がありました。

 特に産業界からは、地デジをするかしないか早く決めてくれといってきていました。日立、東芝、シャープなど、政治が決めてくれないとラインがつくれないからです。江川放送行政局長が、地デジやるかやらないかで新聞の一面トップに載ったり、自民党の通信部会も地デジを巡って、甲論乙駁があった時代です。

 ただ地デジ完全移行により、2001年からの20年間で249兆円の経済効果があるとされるなど、確実に景気浮揚効果があったのです。薄型テレビにも、みんななりました。さらに、パソコンは中身のコア部分が、マイクロソフトやインテルなど米国の技術です。10万円のパソコンを売っても、約7万円がマイクロソフトとインテルにいってしまう。ところがテレビは日本が世界的に先行していて、結構、特許を持っています。景気の悪いときには、中長期的な景気浮揚策が必須条件になると確信していましたので、明日、補正予算を通す時、昼でしたが、ちょうど松永蔵相がラーメンを食べているころを見計らって、予約もなく押しかけていったものです。

 行ったら、大蔵省の秘書官が何ですかといろいろ言ってきたが、「うるさい、お前ら、関係ない。向こうに行け」と言って大蔵大臣室に入っていきました。するとやっぱり、松永蔵相はラーメンを食べていました。

 ──何ラーメンですか。

 豚骨みたいな九州のラーメンだった。すると秘書官がまた2人が入ってきました。「うるさい。政治家同士の話だ。逃げれ」とガンといったら、2人とも出て行きました。45分ぐらい、松永蔵相に地デジの必要性やデジタル放送は経済の波及効果が大きいなどと吹き込みました。

 大臣室には予算を査定したものがありました。松永蔵相は、それを見せてくれました。学校の教室にパソコンを置けというのもありました。松永蔵相は、「自見君、そんなに興奮しなくても、これちゃんとついているじゃないか」と言うのです。

 それに対して私は「50人の教室にパソコン一台あって、パソコン教室できますか」と言うと、「ああ、そうやな」となった。

 私は「大体、大蔵大臣に本当のことをいうのは主計局の役人の中に一人もいませんよ。みんなだまされている。それ位、分かるでしょう。国会議員、長くしているんだから」と松永蔵相に言った。

 その日の午後4時か5時ごろ、予算委員会が終わると、山崎拓政調会長の所に行きました。

 そこで「私は、景気対策のためにしっかりやれと郵政省の役人を督励したのに、明日の補正予算の中に地上デジタル放送のカネが入ってなければ、大臣として責任がありますので、私は署名できません」と言いました。

 その時、山崎拓さんの顔が、すっと変わった。政調会長ですからね。署名しないと内閣不一致だから、辞めるか辞めさせるかどっちかしかないのです。

 それで拓さんが「何ぼ増やすか」と言うので、「1000億」と答えました。

 ウーンと考えられるので、「拓さんも科学技術創造立国・情報通信研究開発推進調査会を自民党の中に作ったじゃないですか。1000億してくれませんと明日、署名できません」と言ったのです。

 政調副会長の木村義雄さんが横にいて、赤鉛筆をパッと取って、情報通信プラス1000億と書き、山崎さんに署名しろと言ってくれました。さすがに天下の拓さんも、この時ばかりは20秒考えました。しかし結局、「山崎拓」とその赤鉛筆で書いてくれました。それをもって木村さんが大蔵省の主計局長のところに行きました。そういうのは、与党が決めていたのです。それで、情報通信1000億加算となりました。しばらくたつと、武藤主計局次長が、部下5人を引き連れて1000億は認められないと言ってきました。色々、やりとりがあって、拓さんが「500億ならいいか」と決断を迫った。すると武藤は「結構です」と返答した経緯があります。補正予算前日の、裸の勝負でした。

 それから私は、郵政省の事務次官と会計課長を呼んで、500億決まったのだから、後の各論は君たちが大蔵省とやりなさいと指示した。それで夜の11時半まで各論を詰めていきました。本当にこの復活折衝には、思い出があります。

 それから光ファイバー・インフラ整備のためのゼロ金利制度も作りました。大蔵省は、ゼロ金利というのは中小企業や零細企業など産業的に弱いところに、ゼロ金利はもってくるもので、NTTのような大企業にもってくるもんじゃないと言ってきました。そこで私は「それは財政の論理だ。政治家の論理はそうじゃない。早く光ファイバーを整備しないとITの時代に日本が乗り遅れる」と反論したものです。それで大蔵省、自治省が一緒になって、光ファイバーのインフラ整備にゼロ金利制度を作った。それで日本は、一気に光ファイバー整備が進んだ経緯があります。今でも日本は世界で一番の光ファイバー普及率が進んでいる国です。

 ただ、その高いポテンシャリティーを有効に使い切れない問題はあります。

 ──有効活用のポイントは何ですか。

 それはソフト事業です。それと頭の切り替えです。デジタルにすると周波数が空きます。そこがいいのです。今後、空いた周波数を活用し、防災分野や道路交通システムなど新たな電波サービスが行われるようになれば、大きなビジネスチャンスがあるのです。それが使われるようになると、地デジの効果はさらに増幅されることになります。

 ともあれ政治家は、大きな枠組みを決めないといけません。官僚は官僚としての責任と課題があります。それぞれ役割が違います。

 こうした政治主導で、役人が震えあがるようなことをしました。今も声高に政治主導という人がいますが、もともと政治家にやる気があるかどうかだけの問題です。時代に与えられた一番大事な目的を受け止めて信念をもってやる人は、昔からいました。何も役人の持ってくる書類に判だけを政治家が押してきたのではありません。

 ──医者で政治家になったのはマレーシアのマハティールがいました。名医というのは何が問題なのか、ポイントをつける人間だと思います。触診か何かでどこがおかしくて、どうすれば直るか直感的に分かる人です。国家というのも一つの生命体ですから、天職として医者が政治家になるのもありかなと思います。

 医者が患者を見る時、何で死ぬ確率が高いか、悪いところから消していくものです。患者を見て、一番悪いことを考えて、それを否定していく作業です。例えば、風邪の症状があると、まず肺がんを疑います。次に肺結核、肺化膿症、真菌症といった具合です。こうしたものを全部消去して、風邪だといった手法をとるのです。医学というのは、一番悪いものから除外していく学問です。だからパッと見た時、一番悪いことを考えとかなきゃいけないのです。

 救急医療では事故で血まみれになった人が来ます。動脈がやられていれば、すぐ死にます。だから動脈をまず見て破れていれば、まずそこをふさがないといけません。他の負傷も大変ですが、順番があるのです。それを瞬時に判断して治療にあたらないと、患者は命をなくしてしまうのです。

 その意味では、社会も経済も生き物です。より大事なことに手を入れていかないと死んでしまいかねないのです。だから医学と政治は似ています。中国には「小医は病を癒し、中医は(病を持った)人を癒し、大医は国を癒す」との格言があります。私は大医にはなかなかなれませんが、一生懸命、それを目指してがんばっていこうと思っています。

 人体と社会はよく似ています。金は血液だし、情報通信は神経、肝臓は老廃物を処理する廃棄物処理場みたいなものです。製品は自分が持っている五感の延長でもあります。手の延長が、精密機械であり、足の延長が車や電車です。見ることの延長がテレビといったものでもあります。

 ──近代社会というのはパリの万博から始まった骨としての鉄骨文化、動脈静脈としての道路鉄道の流通システムや環境産業、さらに神経としてのIT社会など、外的には有機的な人体に近づいている気がします。ただ、「画竜点睛を欠く」ではありませんが、最後に魂がはいっていない文明史的課題が残っています。それは、強欲資本主義の結末となった3年前のリーマンショックを見ても分かる通りです。

 そこに倫理、哲学、宗教が存在するゆえんがあります。

 そこが欠落すると、人間の世界ではなくなります。ものすごい、非人間的なロボットのような世界になるのです。まさに政治というのは、人が中心でないといけないと思っています。

 お金はあくまで使うものであって、幸福になるために使うものです。経済の発達も、そのものが目的じゃありません。経済が発達することで、人間が幸せになることが目的なのです。しばしば手段と目的が混同されて逆転し、経済が発展すれば人間が幸せになるじゃないかと錯覚している人がいます。そうじゃないんです。人間が守銭奴みたいになって、いいわけがありません。

 ──2008年9月のリーマン・ショックからまもなく3年を迎えます。欧米の金融、日本の金融は大きく変わったのでしょうか。企業を支え手としてのバンカーは育っているのでしょうか。

 先般の米国発の金融危機は、各国の金融・資本市場と世界経済に大きな影響を及ぼしました。

 これを受け、欧米では金融機関に公的資本を注入したり、2010年には米国で金融規制改革のドッド・フランク法が成立するなど、金融機関や金融行政の在り方に大きな変革が生じました。

 ブッシュの時代、ウオール街が非常に力を持ってきました。経済のグローバル化、特に金融のグローバル化は大きな力を持ってきたのです。規制緩和、政府は何も規制してはいけない、レッセ・フェールというか、自然に任せたほうが一番いいという思想があります。規制することで経済はおかしくなる、小さくなるんだという考えがあって、徹底して規制緩和したのがブッシュの時代の金融行政でした。

 それが結果として米国の金融工学の発達やレバレッジの手法などをもたらし、ヘッジファンドなどは、一つの会社のリスクさえ取れなくなりました。それでリーマン・ブラザースが破綻しました。それどころか、米国自体がリスクをとれなくなったのです。

 世界中にそれが波及したのがリーマン・ショックでした。このリーマン・ショックというのは、コペルニクス的変化をもたらしたと思います。

 リーマン・ショック以前とはものすごく世界が変わったのです。例えば、規制改革法です。ブッシュの時代は一番悪いとされた規制が復活しています。

 リスクを米国一国だけで治めることができず、欧州にもアジアにも波及して、結局、米国政府が乗り出してきて、米国で一番の民間保険会社AIGを、税金で支えました。また20世紀は高速道路とキャデラックの時代でしたが、それを作ってきたGMを政府が支えないといけなくなりました。それらは資本主義の変質、特に金融資本主義が自由放任から変質した象徴だと思います。天動説が地動説に変わったほどの、コペルニクス的変化だと思います。

 結局、米国は官から民へ極端に行き過ぎたのです。東洋には中庸という言葉があります。私は医者ですから、人間というのはバランス感覚が非常にすぐれている生き物です。ホルモンにしても、バランスが崩れるとすぐ病気になります。成長ホルモンが出すぎたら、巨人症になるし、出ないと今度は小人症という病気になります。甲状腺ホルモンが出すぎるとバセドー氏病になるし、出ないとクレッチン病となって体があまり成長しなくなるのです。それから電解質のバランスの上に、心身のバランスの上に人間の健康は成立しているのです。

 生命体というのはバランスがないと問題が生じるのです。

 結局、グリードと呼ばれる強欲資本主義に近い人たちが、金融工学を駆使して極限に近いレバレッジをした途端に、その副作用がどっときたのがリーマン・ショックでもありました。

 課題はこれから、民主主義社会がいかに金融資本主義、あるいはテクノロジー、金融工学をコントロールしていくかということでもあります。

 その点、1997年、98年、日本では金融機関が破綻した時の教訓から法制など世界で一番整備されています。だけど、米国、英国はまだその苦しみの中にあるということです。一方、フランスやドイツの銀行は、堅実な経営を維持しています。日本は民族性からいっても、アングロサクソン的な銀行経営ができないように思います。

 ──わが国の貸しはがし問題は如何ですか?

 それは、自己資本比率の問題と絡んでいます。基本的に自己資本が大きければ大きいほど安定するわけですから、そのために自己資本を積まないといけないので、貸している金を戻さないといけなかった。ただ、銀行というのはバランスが大事です。貸し渋りにあったり、貸しはがしが横行すると国家の経済自体が収縮してしまうからです。

 なお、中小企業金融円滑化法により、金融機関のコンサルティング機能を高め、中小企業の資金繰りに配慮して実体経済を支える措置を講じてきてもいます。

 また本年3月には、中小企業金融円滑化法を1年間延長し、平成24年3月までとする改正中小企業金融円滑化法が成立・施行されました。このように金融危機の後、金融当局や金融機関において、「企業の支え手としての金融機関」との認識が定着し、その成果も確実に進捗しているものと認識しています。

 中小企業には、いろいろ相談できるコンサルタント機能が必要となります。金融機関にはそのコンサルタント機能があります。金融機関というのは、いろんな企業の栄枯盛衰を見ていますし、借り手が波をかぶれば一緒にその波をかぶる立場です。

 中小企業金融円滑化法も、中小零細企業に対し、しっかりコンサルタント機能を発揮していただきたいというのが法律を改正した趣旨です。

 ──バンカーたるゆえんはそこにある気がします。

 その通りです。バンカーは企業を熟知しています。どこに何が余ってて何が足らないとか、どこに行ったら売れるとか、銀行は最高の情報機関でもあります。一歩、間違えば、企業と一蓮托生で自分とこも貸し倒れになってしまいかねませんから。

 ──さて、1000年に一度といわれる巨大災害をもたらした東日本大震災ですが、わが国が営々と築いてきた郵政ネットワークが残っていたならば、大きな力を発揮したという指摘がありますが。

 今回の災害においては、日本郵政グループ自身も相当な被害を受けました。例えば、東北6県には1932の郵便局がありますが、3月13日には16の郵便局で、3月14日には1348(69・8%)の郵便局で営業したと聞きます。

 私自身も被災地を訪問し、被災状況を目の当たりにしましたが、訪問した郵便局では、津波の被害を受けて6日間は営業できず、ようやく手作業での窓口業務が再開できたものの、津波の爪あとが生々しく残っていました。

 郵政事業が国民利用者のため高い使命感を持って事業を実施するという長い伝統がしっかりと受け継がれていることに、強い感銘を受けました。

 しかしながら、実際には、被災地において郵政関係の方から災害に対する対応状況などをいろいろ伺うと、例えば郵便を配達する郵便事業会社の社員が郵便局に行けない被災地のお客さまの預金を預かれなかったり、郵便事業会社のバイクなどが使えなくなったため、郵便局にある自転車などを融通しあうのに、かつては郵便局長の指示の下、機動的に対応できたものが、いちいち郵便事業会社と郵便局会社との間で調整しなくてはならなかったなど、5分社化の弊害が指摘されています。

 郵政事業は、郵政民営化の実施後、5分社化により経営基盤が脆弱となり、その役務を郵便局で一体的に利用することが困難になるとともに、あまねく全国において公平に利用できることについて懸念が生じています。

 これらの諸問題を克服するための法案である郵政改革関連法案を国会に提出し、その審議を国会にお願いしていますが、衆議院において、4月12日に郵政改革に関する特別委員会が設置されたものの、野党から委員( 推薦) 名簿の提出が6月1日まで提出されず、名簿が提出されてからも法案が委員会に付託されることについて反対をしており、特別委員会設置後、100日を超えている現在においても、いまだに審議すら開始されていない状況にあります。

 郵政改革については、約4年前から民主党と国民新党との代表同士で、今まで数度にわたり合意してきたことであり、今国会において速やかに審議入りし、法案を成立させていただきたいと思っています。

 先日も、法案成立に向けた総理からの指示も出ています。私自身も、横路衆議院議長、川端議院運営委員長に審議入りについてお願いをしました。有力な全国紙にも、郵政改革関連法案のたなざらしは国民利益に反しており、今回被災した郵便局などの再建もやりにくくしているとの社説や記事が出されています。

 今国会において、法案の成立を図りたいと考えております。

【プロフィール】じみ しょうざぶろう 1945 年11 月5日、福岡県北九州市生まれ。九州大学医学部卒業、九州大学大学院医学系研究科修了。医学博士。 九州大学医学部講師、科 学技術庁長官秘書官、自由民主党政務調査会通信部会会長、衆議院逓信委員会委員長など歴任。橋本改造内閣で郵政大臣就任、平成19 年に 国民新党副代表、平成21 年に国民新党幹事長、平成22 年、菅内閣で内閣府特命担当大臣(金融郵政改革担当)。

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