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インサイト/「教科書公開討論会」を左派系教科書会社がボイコット

「採択期間なので中味は議論しない」

 7月下旬から8月初めにかけての教科書採択を控え、中学校歴史・公民教科書の公開討論会という画期的試みが7月12日、名古屋市役所で行われたが、いわゆる「自虐史観の教科書」との批判が多い左派系教科書を出版する5社全てが出席を拒否。従来のシェア維持のため水面下の行動の方に尽力し、公開の場で教科書の内容を討論して国民の知る権利に応えるという姿勢に転換するには、まだ時間が掛かることが浮き彫りになった。 


教師が指導要領軽視の質問

名古屋市役所で初の試み

 主催者の歴史教科書を考える名古屋市会議員の会は、「教科書をランク付けする会合ではないと直接、電話でも説明したが、結局、欠席という形となった。主催者として物足りない気持ちだ」(藤沢忠将代表)と、討論会の冒頭、経緯を説明した。

 この日、会場となった名古屋市役所の東庁舎5階大会議室には、名古屋市内外から教科書に関心のある人たちが詰め掛け、広いホールは開会の午後3時前に満席となった。藤沢市議は、名古屋市の伊藤彰教育長や同市教育委員2人も出席しているとアナウンス。地元のテレビ局もカメラを設置、公開討論会の環境はしっかり整っていた。

 だが、肝心の教科書会社の代表は、保守系の自由社と育鵬社からの2人だけ。欠席したのは東京書籍、日本文教出版(旧・大阪書籍)、帝国書院、清水書院、教育出版の5社である。

 司会者も務めた藤沢代表は、公開討論会出席者に手渡されたスケジュール・ペーパーに、これら5社から送られてきた出席見送りについての理由が添付されていることを説明。

 それを読むと、いずれも似たり寄ったりの内容だ。まず、日本文教出版は、佐々木秀樹・代表取締役社長名で、「先般ご案内のありました『名古屋市役所での公開討論会への出席依頼』の件でございますが、弊社といたしましても検討させていただきましたが、採択期間中ということもあり、出席を辞退させていただくことにいたしました」としている。

 シェアが第一位の東京書籍は、理由も示さず「せっかくの案内でございますが、出席は見合わさせていただくことにいたします」とそっけない説明。大半の社が社長名で文書を送ってきているのに鈴木淳文・編集総轄部長名によるものだ。圧倒的シェアを保持しており、あえて火中の栗を拾うようなことをする必要がない、という社の本音が表れているとも見て取れる。

 帝国書院は、斎藤正義・代表取締役社長名で、全国で平成24年度教科書採択が行われており、名古屋市教育委員会および愛知県の各市町村教育委員会でも大詰めの教科書検討が進められているとの認識を示した上で、「教科書採択の公正確保のためには、静謐な採択環境の維持が重要と考え、ご案内の公開討論会には参加しないことが適当との判断に至りました」と記している。

 日本文教出版と同じく採択期間中という点を理由にあげているが、名古屋市で、どの教科書が適切かを判断する市の教育委員が2人も出席する公開討論会は、採択するに相応しいのがどの教科書かという材料を提供する格好の場であろう。そういう機会をボイコットすることこそ、採択環境を損なうことになりはしないか。

 なぜか教育出版も、全国各地で来年度版の教科書の調査・選定が進められており「公開討論会等における教科書内容に関わる発言は、控えさせていただいてい政界往来政界往来40るところでございます」(馬場哲也・広報室長)としている。清水書院も「諸般の事情でお受けいたしかねます」(土井武代表取締役)という説明だった。

 これでは、ある議会選挙において「選挙戦がまっ只中になってきましたので、候補者がどういう政治信条を持ち、どんな政策を行おうとしているかについての発言を控えさせていただきます」と述べているようなものである。そんなとぼけたことを言う候補には誰も投票しないし、落選間違いなしだ。

 こういう説明が、もっともらしく聞こえるだろうと教科書会社が考えるということは、よほど現在の「採択環境」がおかしな状態になっていることの証左である。

 一体、採択環境とはどうなっているのか。藤沢代表によると、「名古屋市の採択に関する過去の議事録を見れば、『学校現場は、 どの教科書がよいと言っていますか』『A社です』『では、A社にしましょう』といったやり取りが(教育委員の間で)行われている」のである。

 こうした従来の密室的な採択により、一定のシェアを維持する教科書会社にとり、公開討論会はやらずもがなのイベントということになる。欠席した各社とも、教科書内容については自社のウエッブ・サイトに詳しく説明されているとし、そのホーム・ページ(HP)アドレスを書き込んでいた。

 しかし、ネットでの情報を得るために公開討論会を聞きに来る人などいないのである。教科書会社代表は、その内容を自信を持って訴えればよいだろうに、こうした建前の説明を読んで、欠席理由に合点がいった参加者はいなかったのではないか。

 教育出版は、HPの照会ではなく、直接、教科書の特徴について、歴史、公民とも項目を上げて配布資料の書面の中で何ページにもわたって説明していた。だが、その内容は、項目が並んでいるだけのイメージで、生きた言葉になっているとはいい難いもの。それだけ明確な指針があるなら、それをディスカッションで訴え、自社の教科書に対する賛同を得ようと考えるのが普通の感覚だ。

 結局、出席したのは自由社と育鵬社という保守系2社で、教科書に新規参入した会社である。色々と理由を並べているが、すでに一定のシェアがある教科書会社同士が申し合わせて出席を拒否し、討論会を骨抜きにしようとしたのが実情と見られる。

 「左系の出版社はパネラーを出してこなかったが、そのこと自体が、歪んだ教科書を出版したことを自ら認める不作為行為である」と見る知識人もいる。

 育鵬社を代表して出席した石井昌浩・元国立市教育長は、「7社あることから教科書は全部で14冊あり、これを全部読むのは無理。誰かが行っている下読みを参考にするのは仕方がないが、最後は、教育委員の権限で誇りを持って決めて欲しい」とし、「制度本来の役割が必ずしも反映されていない」と苦言を呈した。

 「新しい歴史教科書をつくる会」会長で、自由社「歴史教科書」代表執筆者の藤岡信勝拓殖大学客員教授は、「学習指導要領がうたう、わが国の歴史の大きな流れがわかる教科書」を目指したことをアピールした。

 片や、石井氏は、育鵬社「公民教科書」監修者でもあるが、「わが国の歴史への愛情を深め、国民としての自覚を育てる」とする学習指導要領の文言に沿う教科書づくりに専念したことを強調した。

 国家観、外国人参政権、南京事件の三つについて、教科書でどう扱ったかについて、この2社の説明が行われた後、質疑応答になった。

 会場には現職の教師も詰め掛けており、質疑応答の時間に「学習指導要領は大綱的なもので、教えるのは先生だ。教科書は学校の先生が使いやすいかどうかが重要だ」との質問が中学の教師から出た。

 学校では、国家観が希薄で、南京事件の犠牲者を多く記した自虐史観の教科書の方が、日教組系の教師にとり授業がやりやすいといわんばかりの質問だった。

 これに対して、藤岡氏は「そういう質問は問題点がはっきりするから大歓迎」とし、「ある先生はA社がよいと思っても、別の先生はB社がよいと思う。そういう点を考えれば、先生が教えやすい教科書というのは矛盾があり、結局、学習指導要領に十分に沿った教科書が選ばれるべきである」とキッパリ。

 つくる会の分裂騒動で、保守系から似通った歴史・公民教科書が二つ出されるというみっともない状況になった。互いに限られたパイの奪い合いを演じている面もあるが、この2社の存在ゆえに公開討論会も成り立った。

 河村たかし市長は、あいさつの中で「これは全国で初めての試み。中学でどういう社会科を教えられるかはものすごく重要なこと。採択がどのように行われているのか知らない人がほとんどであり、教科書会社が出てきて議論することが必要だ。国民の知る権利に奉仕するのが民主主義の基本だ」と述べ、最後まで席を立たなかった。

 藤沢市議は、「次回も公開討論会を行いたい」としており、この討論会が、問題をはらんだ採択制度に一石を投じたことは間違いない。

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