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問われる首相の外交力

日米同盟深化に難題

中露新時代への備えを

 野田佳彦首相は、首相就任後初の所信表明演説で、外交・安全保障に関して「新たな時代の呼び掛けに応える」ことの重要性を強調した。しかし、首相はわが国を取り巻く世界情勢をどれだけ正確に把握して「新時代」に対処しようと考えているのか疑問だ。日本は今、国家興亡の岐路に直面しているとの認識と、その困難に立ち向かわなければならないという深刻な自覚が野田政権には薄弱である。

 「首相と素晴らしい実務的な関係が持てるものと確信している」。オバマ米大統領は9月21日午後(日本時間22日未明)、ニューヨークの国連本部内で、外交デビューした野田首相との日米首脳会談を行った際、期待感を込めて冒頭こう語った。

 ところが、その後に大統領が繰り出す話は、普天間移設問題や環太平洋連携協定(TPP)、米国産牛肉の輸入制限緩和の問題などの個別案件で、いきなり具体的な「進展」を迫ったのだ。。

 一方の首相は、初顔合わせなので個人的な信頼関係を構築し、日米同盟深化の重要性に言及さえしておけば初会談を無難に乗り切れるだろうと甘い判断をしていたようで、面くらった様子だった。

 これはわが国の外交当局者の責任でもあるが、あまりにも米国の事情に理解不足だったのが原因だ。オバマ大統領は来年、大統領選を控え悠長な会談をしている余裕などない。それとともに、米国が昨年発表したアジア重視の「国家安全保障戦略」に基づき、日本と韓国との安全保障関係をさらに強化する方針で安保戦略・戦術を策定してきており、その中でも、普天間基地の沖縄県名護市辺野古への移転は最優先事項の一つなのだ。1997年の普天間移設に関する日米合意以来、先延ばしされてきた懸案でもあり、オバマ大統領になってから4人目の首相との交渉になるのである。首相はその米国側の焦燥感、切実さを全く理解できていなかったようだ。

 それだけではない。「鳩山(由紀夫)元首相が普天間基地の移転先を『国外、最低でも県外』と叫んでいたのに、最後の最後で、やっぱり県内の辺野古だとして国民を唖然とさせた時の転換の根拠だった『基地の抑止力の重要性』について、鳩山はもとより、菅(直人)も野田も分かっていないのではないか」(自民党中堅幹部)という、もっと根本的な驚くべき疑問点すら指摘されているのだ。

 確かに首相の口から「抑止力」についての詳細な話を聞いたことがない。首相は川端達夫沖縄担当相、一川保夫防衛相、玄葉光一郎外相らを続々と沖縄に送り、移設への理解を求めたが、彼らも「抑止力」の話には一切触れず、頭を下げる程度の繰り返しで、進展は何もなかった。首相には、移設計画に基づく環境影響評価(アセスメント)書を年末にも沖縄県に提出して、あとは仲井真弘多県知事に公有水面埋め立て申請をし、許可を出すか出さないかの判断を知事に任せるという段取りを想定しているのかもしれない。

 だが、ボールさえ投げておけば知事側の回答期限の三ヵ月間は、米国に対しても何とか時間を稼げると安易に考えているとすれば大間違いだ。

 野田首相は所信表明で「普天間飛行場の移設問題については、日米合意を踏まえつつ、普天間飛行場の固定化を回避し沖縄の負担軽減を図るべく、沖縄の皆様に誠実に説明し理解を求めながら、全力で取り組みます」と語ったが、今のままのアプローチでは、県民の理解を得ることはほとんど不可能である。

 野田首相にまず求められるのは、米国が「力の肩代わり」を求めている韓国と日本が、アジア地域の平和と安全にどう責任をもって取り組むのか、その戦略を描き、その中で沖縄米軍基地のプレゼンスの重要性を明確にすることなのだ。

 確かに首相は、対中国を念頭に置きながら、「新防衛大綱」に従い、即応性、機動性などを備えた動的防衛力を構築し、新たな安全保障環境に対応していく考えを示していることは評価できる。

 だが、欠けているのは、米国に働き掛けて韓国との防衛協力をさらに進め、「抑止力」を一層向上させるといった積極的かつ創造的アプローチを展開することである。

 一方で、県に対してはなぜ辺野古に回帰したのかをはっきりと説明しなければならない。一括交付金制度の実現と引き換えに、移設の受け入れ圧力を掛けて押し通す計算をしていると語る向きもあるが、それでは県民の反発を買うだけだ。首相自ら沖縄を訪問したい意向と言うのなら、「正心誠意」頭を下げるだけでは何も進展しないことを肝に銘じるべきだ。首相は来年1月の初の米国公式訪問を「日米同盟の深化・発展を世界にアピールする公式訪米としたい」としているが、現状ではその思惑も外れることになろう。

 米国が強く求めているTPPへの参加問題で、参加を約束して普天間移設問題への追及を交わそうとする野田政権の思惑も見え隠れする。だが、仮にTPP参加を表明したとしても、アジア・太平洋地域の安全保障環境に変化が起きるわけではない。TPPには対中けん制の意味合いもあることから、かえって中国が反発し日本の安全保障に影響が出ないとも限らない。普天間問題の解決はもはや宿命とさえなっているのである。

 李明博大統領との日韓首脳会談(10・19)でも、首相の軟弱な外交姿勢の問題点が浮き彫りになった。

 野田首相は、日韓図書協定に基づき、日本統治時代に朝鮮半島から持ち出された「朝鮮王朝儀軌」(朝鮮時代の国家行事記録)などの古文書1205冊のうち5冊を李大統領に引き渡す一方、韓国にある日本関連文書の閲覧改善に期待感を示した。だが、「なぜ、この日本関連文書の引渡しを求めなかったのか。アクセスへの便宜を要請しただけの弱腰外交は正されるべきだ」(自民党政務調査会関係者)などと強い批判が相次いでいる。

 「相手の嫌がることは言わない。それが外交の基本姿勢だ」と岡田克也元外相は繰り返し語ったが、それで本当の「ウィンウィン」の関係を築くことはできない。首相は日韓関係について、「未来志向の新たな百年に向けて、一層の関係強化を図る」(所信表明)と述べたが、そのためには勝海舟が著書『氷川清話』で「外交の極意」として挙げた「誠心正意」(注:「正心誠意」ではない)をもって言うべきことはしっかり言いながら良好な関係を構築していくという姿勢が肝要だろう。 

 首脳会談を終えて帰国した野田首相は、その夜、東京・銀座の日本料理店「ぎんざ 祥」で2時間半もの間、酒を酌み交わしながら手塚仁雄、本多平直両首相補佐官らから会談の成果を称えられ上機嫌になっていたというが、しっかりと反省しなければならない。

 外交力という秤はかりで測定した場合、最も針が振れず、小さな値しか示さないのがわが国の対中国、ロシア外交力である。党内融和や復興財源問題などの内政にかなりの意識を注いでいる野田政権でもあるだけに、なおさら懸念される問題だ。

 首相は来年の日中国交正常化40周年を見据えて、幅広い分野で具体的な協力を推進していくという。12月には訪中し、戦略的互恵関係を深めることも予定されている。だが、その戦略的互恵という言葉の意味が明確でないことが、そもそもの問題の出発点にあると外交問題専門家は指摘する。

 「中国では戦略的国境という言葉が公式文書で使用されている。それは国力に応じて国境が広くなり得るという意味で使われている。つまり、互恵とはいうものの、戦略的という言葉がその前に付くと、国力の強化に従って要求する内容も増えるということなのだ」と言うのである。最近、経済力の向上を背景として軍事力を拡張している中国による東シナ海や南シナ海への進出は急で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権を狙った不当・不法な活動も目立っている。

 防衛省の発表(10・13)によると、領空侵犯の恐れがある中国機に対する航空自衛隊機の緊急発進(スクランブル)が、今年度上半期(4月~9月)は83回に上り、昨年同期の3・4倍に急増したと言う。中国機へのスクランブルは、96回だった昨年度1年分に迫る勢いだ。

 また、3月に海軍の情報収集機など2機が尖閣諸島の北50~60㌔に接近したり、日中双方が権益を主張するガス田「白樺」(中国名・春暁)の北北東の海域で海上自衛隊の護衛艦から約70㍍の距離まで国家海洋局のヘリが接近した。「中国を攻めようとする国はないのに空母の建造や他の軍事力を強化する狙いは、明らかに中国の主権範囲の拡大にある」と先の専門家は語るが、そうした世界の平和と安定を乱す野望に対する懸念を、首相は訪中時に「誠心正意」伝えられるのか。ロシアに対しても同じだ。

 日本周辺でのロシア軍の動きが活発化していることに、首相はどれほどの緊迫感をもっているのか。スクランブルの回数は昨年同期でロシア機が106回と最多である。9月8日には核兵器搭載可能なツポレフ95爆撃機2機が日本列島を1周したが、こうした長距離飛行をするケースが目立つようになった。訓練空域で空中給油する様子も確認されている。翌9日には、ロシア海軍の艦艇24隻が宗谷海峡を通過するなど挑発的な行動もとるようになってきた。年内には、最新型原子力潜水艦が極東に配備される見通しだ。

 ロシアが極東地方での安全保障体制を強化するとの視点から、とりわけ北方領土とその周辺水域の戦略的な価値を、今まで以上に重要視するようになったのは間違いない。ラブロフ外相も10 月21日、北方領土で最近、ロシア軍の対空ミサイルや戦車などが新たに配備されたとの報道について、「(近代化)プロセスは動きだした」と述べ、政府高官として初めて四島の軍事力強化の事実を公に認めた。

 ということは、北方領土の返還交渉は厳しさを増しているのである。それなのに、首相は日露関係について「最大の懸案である北方領土問題を解決すべく精力的に取り組むとともに、アジア太平洋地域のパートナーとしてふさわしい関係の構築に努めます」と所信を述べたが、何と空疎な発言に聞こえることか。無為無策なため日々刻々と領土返還が遠のいている可能性が大きくなっていることに責任を感じなければならない。

 ロシアは今後、中国や北朝鮮とのさらなる連携に踏み出すことになろう。

 来年3月の大統領選で再び大統領職に戻ることが確実視されているプーチン首相は10月11日、北京で温家宝首相らと会談し、対中関係を重視する考えを示した。欧米重視に傾斜していたメドベージェフ大統領と違ってアジアへの関与を強化するもので、中国側もそれを歓迎している。中露の参謀総長が会談して来年には洋上演習の実施で合意し、北朝鮮とも洋上救難演習を行うものと見られる。

 中露間の貿易額は今年、700億㌦に達する模様で、中国はロシアの最大の貿易相手国だ。中国側はさらに、石油、天然ガス、原子力などの資源やエネルギー分野でも両国が「戦略的で長期的な協力」を進めたい意向と言う。

 日米韓が一体化のレベル向上を求められる一方で、ロシア、中国、北朝鮮の関係が強化するという新たな時代に対して、野田首相はどういう備えをしようと考えているのか。首相の奮起を促したい。

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