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米国、アジア太平洋重視戦略に転換

着々と中国包囲網形成へ TPP交渉では国益主張を

 米国の外交戦略が対テロ戦を柱とした中東重視から、アジア太平洋重視にシフトした。多くのアジア諸国が中国への警戒心を強め米国に接近しており、米国は中国包囲網を着々と形成している。その中で日本はどういう役割を果たすべきか。安全保障面での対米協力強化とともに、米国が強く求めている環太平洋連携協定(TPP)への参加は避けられまい。ただ、要求を丸呑みするのでなく、TPP交渉段階での国益主張は最大限行うべきである。

 アジア太平洋地域の各国にとって、11月は外交月間だったといえる。米ハワイで12、13の両日に、21カ国の首脳が参加して行われたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議に続き、インドネシアのバリ島では19日に、18カ国が参加して東アジアサミット(EAS)が開催された。

 そこでの注目点は、米国が太平洋国家として強い存在感を示したことであり、中国の太平洋地域への進出をけん制し、参加国から支持を得たことである。オバマ米大統領はハワイで、「米国は太平洋の大国であり、太平洋地域は米国の経済だけでなく、安全保障にとっても決定的に重要である」と語った。

 また、アジア太平洋地域の安定と繁栄のため、新たな協力の枠組みづくりを目指す首脳会議であるEASでは、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)が米国の初参加を求めたことが奏功し、中国を終始、守勢に立たせた。オバマ大統領は「米国は太平洋国家として、南シナ海問題の解決に大きな利害を有している」と発言。中国と南シナ海の領有権問題で係争しているフィリピンやベトナム、そしてこの問題解決の重要性を訴えたオーストラリア、インド、シンガポールなどの国々の心を引き付けた上で、首脳宣言に「東アジアの海洋安全保障の重要性」を盛り込んだ。これは尖閣諸島の領有権を不当に求められているわが国にとっても心強い文言である。

 これに対して、中国の温家宝首相は「外部の勢力はこの問題に介入する権利はない」と主張したが、支持したのは中国から多額の経済援助を受けているカンボジアとミャンマーの2カ国だけ。ASEANと米国との切り離しを狙っていた中国の目論見は完全に外れた形となった。

 その新たな米外交戦略の集大成こそが、オバマ大統領が訪問先のオーストラリア連邦議会で17日に行った歴史的演説だろう。「21世紀のアジア太平洋地域に米国は総力を投じる」と強調したオバマ大統領は、南シナ海をにらむオーストラリア北部ダーウィンに米海兵隊2500人規模を駐留させる計画を明らかにしたのだ。その最大の狙いは、南シナ海に有事が発生すれば即応体制を取るというもので、中国に対する抑止力を確保することにある。 

 さらにクリントン米国務長官はフィリピン、タイとの同盟強化を宣言。11月30日の韓国訪問で李明博大統領と会談し「米韓同盟はいつにも増して強力だ」と強調し、その足で中国と緊密なミャンマーに単身乗り込んで、テイン・セイン大統領、ワナ・マウン・ルウィン外相らと会談し、中国からの切り離しを試みた。米国務長官としては1955年2月のダレス氏以来、約57年ぶりとなるミャンマー訪問で、米国のアジア関与の本気度を強く印象付けている。

 米政権はまた、アフガニスタンとイラクでの戦力削減に伴い「ジョイント・エア・シー・バトル構想」(統合海空戦闘構想)に着手したという。ワシントン時事によるもので、広大な太平洋で米軍の戦力を有効に運用するため、同盟国や友好国と連携して南シナ海や西太平洋でのプレゼンスを増す戦略も進めているということだ。

 こうした中で、日本はどのように舵取りをして進んでいくべきか。まず、経済面で最大の難関とされているのが米国が主導しているTPPへの参加問題である。国論が二分しつつも野田首相はAPECの場で、TPP交渉への参加を表明し歓迎されたが、それはあくまでも交渉への参加であって協定そのものへの参加ではない。

 国内に戻ってからの国会審議では、反対派から厳しい批判を浴びている。「政府からの情報提供が不十分で国民的議論が全く熟していない」「農業などで国益を守れるのか」といった反発が衰える気配はない。その上、APECの際に開かれた日米首脳会談で、首相自身の発言をめぐり両政府の説明が食い違っているため、なおさらだ。米側は、首相がオバマ大統領に「すべての物品、サービスを貿易自由化交渉のテーブルに乗せる」と発言したと発表したが、日本側は「そのような発言を行った事実はない」と否定しているのだ。米側に訂正させるべしとの要求が野党から上がっているが、米側は訂正を拒否している。事実が一つであることからすれば、どちらかがウソをついていることになり、野田外交の信憑性にかかわる重大問題である。内閣不信任案提出の要件を満たしていると言えなくもない。

 交渉内容の詳細をもっと詰めてみると、さらに不透明な箇所や問題点が目に付く。

 現在、交渉は「物品の関税」「衛生・食物検疫」「知的財産」「労働」など21分野で行われている。最大の難題となっている「物品の関税」では、関税の撤廃・引き下げが議論の核となっているが、わが国の輸出は活性化するものの、国内農業の保護や育成をどこまでできるのかが全く不透明である。

 食品の安全基準が問われる「衛生・食物検疫」分野では、日本の輸入規制緩和が参加条件となり、検疫水準に影響が及ぶのではないかとの懸念が指摘されている。ただ、政府の説明では食品安全基準の緩和は議題になっていないし、今後、提起された場合でも、食品安全に関する措置を実施する権利の行使を妨げる提案は受け入れないと言う。

 「知的財産」の保護は、海賊版の取り締まりに有効で、特許を多く持つ日本にとっては利点であり、開発途上国進出に有利に働くことになろう。ただ一方で、特許制度改正を迫られる可能性もある。

 税関手続きの簡素化や「貿易の円滑化」では中小企業が輸出しやすくなる利点がある。「医療・保険」分野では混合診療が全面解禁になったり、営利企業の医療参入が認められ、安心・安全な医療が損なわれる恐れがある。

 「労働」分野では、貿易・投資促進を目的に労働規制を緩和しないことが議論の中身だが、途上国が労働者の権利を弱めて作った安い製品と日本製品の競争を避けられることで利点があるとみられている。

 このように利点もあるが、不透明な箇所や今後の交渉次第で有利に変更し得る内容も数々ある。野田首相は11月15日の参院予算委員会で「何が何でも、国益を損ねてまで参加することはない。百パーセント、とにもかくにも(参加)ということではない」と述べたように、あくまでも国益を反映する形でのTPP参加を模索すべきである。

 首相はまた「アジア太平洋地域が自由で繁栄した地域になることは、結果として安全保障面で安定した環境につながる」と述べ、アジアの安定にも寄与するとの認識を表明した。TPPは安全保障の面からも重要なのである。

 TPPは、アジア太平洋地域の経済的安定と安全保障環境の改善に寄与するという大局的な共通目標を持っていると理解すべきだろう。

 ただ、そうだからといって米国側の主張を何でも受け入れればいいわけではない。野田首相が「国益を損ねてまで参加することはない」と言い切ったように、交渉内容の透明化を図り、国民がしっかり議論をして決断できるよう情報提供に努めることが肝要だ。同盟関係を堅持しつつも、主張すべきは主張する、譲るべきは譲るといった主体的な外交姿勢が求められる。

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