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ブータン特集

ブータン王国名誉総領事 徳田ひとみ氏に聞く

心がこもった国王のメッセージ

 ヒマラヤの小さな王国ブータンのワンチュク国王の日本訪問は、大きな感動の輪を広げた。東京にあるブータン名誉総領事館にも「日本にいるブータンの方と交流を持ちたい」とか「国王陛下のメッセージは血のつながった兄弟からの言葉のように心に染み渡った」など多くのメイルや手紙、ファックスが寄せられた。今回の国王訪日で裏方で多忙を極めたブータン名誉総領事の徳田ひとみ氏に率直な感想を伺った。

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徳田ひとみブータン名誉総領事

――国王、王妃両陛下とお会いになった率直な感想はいかがですか。

徳田 国王陛下には昨年8月、ブータンを訪問した折に、一度お会いしました。あちらの皇室の方は一貫して非常に謙虚で思いやりの心があり、相手に対して紳士的です。弟殿下がオリンピックのBOC理事長をやっておられ今年7月、日本でお会いする機会がありました。いろんなお話をされましたが、国民のために自分はいるんだということを徹底されていたのが印象的でした。人間というのは、時代とか場所を超えて普遍的な価値観を持って生きないといけない、とも語られた覚えがあります。

 「あなたはそういう教育をどこで受けたのですか」とお聞きすると、「父親からです」とおっしゃいました。国王だった父親が兄弟全員に、自分たちはブータンの国民のために生きよとまず教えてもらったというのです。

 それが父親の帝王学だったわけですが、それをちゃんとなさっている現れだなと思いました。

――帝王学の背景には何があるのですか。

徳田 仏教があると思います。仏教的哲学をお持ちだし、それに加えて西洋の学問を身につけていらっしゃるから、本当に賢い方たちだと思いました。

 基本的に精神的なものが叩き込まれています。だから、どんなに他の文化に触れても、いいものを選択する能力があるのだと思います。人としてどうあるべきか弁(わきま)えているので、今回、日本人に対しても、同じ人間として誰とでも接してくださったというのは素晴らしかったと思います。

 国王陛下とプライベートでお話させていただくチャンスがありましたが、その中で、「日本は一番尊敬している国です。私たちは本当に日本に感謝しています。国交は25周年だけれど、それ以前から、たくさんの日本人がブータンにきて、いろいろな指導をしてくださいました。ダショー西岡というのは、ブータン農業に貢献してくださった日本人として第一人者です。こうした人々に感謝していることを何かの折に伝えて欲しい」とおっしゃいました。その後、「ありがとう、あんなさわやかなご夫妻を迎えられてうれしい。夢や希望を与えられた。勇気を得た」とたくさんのメールや手紙を頂戴しました。

 とりわけ、国王の国会演説に涙を流した国会議員も少なくなかったですし、二階の傍聴席に座らないといけない国会議員がたくさん出るほど満杯でした。

――あの国王の国会演説で、小さな国ブータンが実は精神大国であることに気づいた人は少なくありませんでした。心打つものがあるというのは、外交辞令ではなく魂からのメッセージを発したからと思います。

徳田 そうなのです。気持ちがこもらないと人には訴えられません。レセプションでも参加した何百人もの人々と一人一人握手したり、演技ではやれないことです。

 国会演説は難しくもない言葉だったけど本当に心がこもっていて、一番基本的な大事なことを伝えてくれたと思います。暖かくて率直な話、それが心にしみたし、受け側の日本の状況もフィットした感じがあります。

 というのも、これがみんな満足している状況なら、「そうだね。ありがとう」で終わるけど、あれに涙する心打たれるというのは、東日本大震災の後であった状況も大きく影響したように思います。それから、子供達が教育の場面で、どれが正しいか丸か罰かといったものばかりで、心に語りかけられる教育を受けていないという問題もあるように思います。それが一番大きな問題だと思うのです。こうした日本の状況を逆に照らし出した側面があるのではないでしょうか。

 私は日本の教育問題はシリアスだと思いますし、社会が余りにめまぐるしく、金がないと何も動かない状況にもあります。貧しい人は、必死になって働かないといけません。共稼ぎが定番になっている今、子供達にかまってあげる時間が少なくなってもいます。生活が実は豊かではないこともあるのです。

 それから、ブータン名誉総領事就任パーティーでも話したんですが、昨年8月にブータンに行って、一番感動したのが、前国王が退任された時、国中をずっと一緒に回って、いわゆる御巡行をされました。そこではいつものように、子供達の頭をなでたり握手をなさったりしたと思います。口だけではなくて本当に心の中に入って、自分を伝えたいという姿勢があるのです。

 そして子供達に「君たちに何かあったら僕が守るからね」と言ってくださいました。私はそれを聞いて本当に感動しました。

 今、私たちの子供というのは、モノこそ満たされているかもしれませんが、決してそれで幸せを感じている人はいないように思います。モノだけでは幸せは見出せないことに気づいたのです。そういった日本人でも、神に近い人もいるけれど大雑把に言えば、そういう方たちの人口比は少なくなっているし、自分の子供以外に叱ってあげる大人というのは少なくなっています。

picture ブータン名誉総領事館に寄せられた手紙やファックスを前にする徳田名誉総領事

 満員電車の中で不正を見つけても、知らん振りする大人が多くなりました。下手にかかわったら自分の身が危ない、という保身の原理で動いている寂しい世界なんです。そういった環境の中に、わが国の子供達が育っています。

 私が子供だったら、ブータンに生まれたかったと心から思います。

 だって、「君たちに何かあったら僕が守るからね」と、そんな風に言われたら、子供っていい子になりたいと思いますし、尊敬もします。

 10年前の統計なんですが、両親を尊敬しますかと問うたアンケート調査があったのですが、中国が82%でした。米国は85%で、韓国も多かったのです。最下位はどこかというと、それが日本で24%なんです。日本というのは、どうしてこんなになっちゃったんだろうとつくづく思います。

――ブータン国王の素晴らしさは、多くの人が体感したように思いますが、逆にそれは日本の精神的な危機の裏返しという側面もあるということですね。

徳田 そうですね。ただ危機的状況と同時に、私はそれに感動する心がまだあることに救いを感じます。今ならまだ大丈夫だと希望的にとらえたいと思うのです。

――そうした感性が消えてしまうと絶望的です。

徳田 終わりです。光さえない闇の世界に入ります。

 国王が福島に行かれて龍の話をされ、子供達も目を輝かせていました。そういうのを語るのは、昔は親でした。それが今、ないように思います。世界一、幸せのブータンから、両陛下に来ていただきましたが、そのブータン人が一番あこがれているのは日本なんです。その日本がこれを機会に、ブータンに負けないで世界一幸せな国・日本となってほしいと心から思います。

 そのためにはブータンから一杯学びたいと思います。また、私たちが反面教師として、ブータンがアジアの桃源郷の部分を多く残して発展していかれるように、希望もしたいと思います。

 経済発展と内的世界に裏打ちされた精神性を維持するのは難しいことだと思います。だからこそ、いい形で発展していただきたいと思います。それこそ、世界の中であそこしかないんですから。人類として残された桃源郷です。

 昨今、ブータンでも車のディーラーが出店したり、エスカレーターつきのショッピングモールが出てきていますが、私としては心痛いニュースに感じます。

 単なる近代化でなく、上手に発展していってほしいと思うのです。

――物質だけの近代化ではなく、内的な精神性を失わないためのポイントは何でしょうか。

徳田 いろんな情報がインターネットで飛び交う中、やはり教育が重要になると思います。とりわけ今回、心を寄せあう大切さとか教えてもらった感じがします。

 だから、日本もブータンも心を寄せ合って、いいところを学びあって、ともに一人一人の命が幸せの時間を長く持てるような、今より少しでも多く持っていけるような社会づくりをしたらいいなと思います。

――その意味では徳田さんがブータンの名誉総領事になられた責任は大きなものがあると同時に、精神のアトランティスともいえる、その扉を開ける大事な役どころだと思います。

徳田 ブータンの総領事になるなんて夢にも思ったことはなく、下地会長からお薦めいただいたご縁をとても感謝しております。「たまたま私にぴったりの国でぴったりの役だね」と何人からも電話いただいて、うれしい思いがしました。

 ブータンにとってもお喜びいただける存在でありたいし、何より偶然、生を受けたこの日本が、同胞がより幸せな、モノというよりは気持ちが満たされるような生き方をしてくださるのに一役買えたら、これ以上うれしいことはありません。

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