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緊急事態の3党合意想起を

目前の危機に対処せよ

 「3党合意」が忘れられているー。この「3党合意」は「社会保障と税の一体化」に関しての民主、自民、公明による合意ではなく、3党が緊急事態基本法成立に向け8年前に結んだ「3党合意」のことだ。地震、津波などによる大規模な自然災害予測が次々と発表され、東アジアの平和と安定も脅かされているにもかかわらず、国会は小沢一郎氏が民主党を離党するのか否かとか、不確かな経済予測に基づく財源論議にうつつを抜かしている。国家の緊急事態に的確に対応し、国民の生命と財産を守ることができるよう、3党は緊急事態基本法の成立を何よりも急がねばならないはずだ。


 東京電力福島第1原発事故をめぐり、国会事故調査委員会は5月28日、菅直人前首相の対応を追及したが、野党から「自分はやっていないという言い訳が強すぎる。冷静に(自身の対応を)分析し、反省の弁を言うべきではなかったか」(大島理森・自民党副総裁)などの批判の矢が一斉に飛んだ。

 しかし、目前の危機があるにもかかわらず緊急事態基本法を制定せず、新たな非常事態に遭遇して多くの犠牲が出た時、すべての国会議員は菅前首相のように「自分には責任がない」と言い逃れすることは許されまい。少なくとも犠牲者の出る前に備えを徹底しておくことこそ国会議員の務めである。

 それを行う出発点のはずだったのが、04年5月20日だった。今から8年前のこの日、自民、民主、公明は、緊急事態基本法の成立に向けて3党合意を結んだ。その時の覚書には「緊急事態基本法(仮称)の制定の必要性に鑑み、ここにその骨子について了解し、次期通常国会で成立を図ることを合意する」と書かれている。

 また、緊急事態について「対象とする事態(国家緊急事態)は、我が国に対する外部からの武力攻撃、テロリストによる大規模な攻撃、大規模な自然災害等の国及び国民の安全に重大な影響を及ぼす緊急事態とする」と定義し、①緊急事態における基本的人権の尊重②緊急事態における国、地方公共団体の責務及び国民の役割③緊急事態における国会の関与④緊急事態における内閣総理大臣の権限⑤緊急事態における体制の整備──を同法案の骨子とした。

 03年に成立した武力攻撃事態法や04年に成立した国民保護法などの個別法を統括する基本法としての役割を果たすもので、首相が議長となり、官房長官、外務大臣、防衛庁長官(当時)、国家公安委員長ら8人をメンバーとする「国家緊急事態対処会議」の新設を盛り込み、少人数の閣僚の判断で、緊急事態が発生したときに迅速に意思決定ができるようにすることを目的としていた。

 これについて3党が「了解」し、次期通常国会で「成立を図る」としておきながら、今に至っても進展がないばかりか、事実上、忘れ去られてしまっている。これは明らかに政治の不作為ではないか。東日本大震災を経験したにもかかわらずその教訓を生かさず国会の怠慢が続くことがあってはならない。

 「このところ、政府や地方公共団体などから公表が相次いでいる大規模な自然災害による被害想定は緊急事態への本格的な対処が急がれていることを実感する」と語るのは、政策通の自民党幹部である。

 地震研究の専門家で構成される東京都防災会議は4月18日、首都直下型の東京湾北部地震(マグニチュード7・3)が冬の午後6時(風速毎秒8m)に発生したケースを想定し、死者が約9700人に達し、23区内の7割が震度6強以上になると公表した。これは、06年に算出した数字の1・5倍となる。

 また、約30万棟の建物が倒壊や焼失し、火災による死者は木造住宅の密集地域を中心に約4100人に上ることや東日本大震災の影響で発生の確率が高まったとされる立川断層帯地震では震度7や6の地震が広範囲に発生することなどが公表された。これは都内だけの想定で、東京に隣接する神奈川、千葉、埼玉の各県でも多数の死者が想定されており、首都機能が喪失する恐れすらある。

 さらに内閣府の有識者検討会(「南海トラフの巨大地震モデル検討会」)が3月31 日、東海、東南海、南海地震を起こす「南海トラフ」で最大級の地震が発生した場合、震度7が10県153市町村に広がり、最大で34 ・4mの津波が来ると予想した。また、6都県23市町村が従来の予想を上回る20m超えの津波に襲われるとした。

 文部科学省が5月10日にまとめた報告書の内容も衝撃的だ。富士山直下にこれまで知られていなかった活断層が延びている可能性があり、3年以内にマグニチュード7級、震度6もの地震を引き起こすかもしれないという。噴火はすでに始まっているとの防災第一人者の警告もあるのだ。もし本格化すれば首都機能が麻痺する可能性が大きいという。

 今年1月には、東京大学地震研究所が首都直下型などマグニチュード(M)7級の地震が、南関東で4年以内に発生する確率は70%に高まった可能性があるとの試算をまとめた。それまでは地震調査研究推進本部が、30年以内にM7以上の大地震が首都圏で発生する確率が70%と述べてきたが、東大地震研によれば、東日本大震災以降、絶え間なく地震が発生していることから、今まで予想していた以上に早く大地震が発生する確率が高まったという。つまり、「4年以内」という目前に、重大な危機が迫っている可能性が公表されているのである。

 「それなのに国会は、党利党略に走り、衆議院の解散、総選挙をするしないといった政局でゴタゴタ状態だ。国家、国民の生活を後回しにして危機管理の意識が希薄なのは議員失格だ」──というのが賢明な多くの国民の一致した感情だろう。

 確かに自民党は6月4日、「事前防災」を柱に災害に強い国土づくりを推進する国土強靱化基本法案を衆議院に提出した。これは、災害の際の避難路や緊急輸送道路の整備や多様な通信手段の確保を図るとともに、国土強靱化教育を国民運動として推進することを目的に10年間で200兆円規模の事業費を想定したものだ。「コンクリートから人へ」の民主党の抽象的なスローガンではなく、「コンクリートも人も」といった総合的な具体策ではある。

 こうした施策は当然、必要ではあるがそれでもまだ十分ではない。

 他方、「3党合意」の緊急事態の「定義」に含まれている「我が国に対する外部からの武力攻撃、テロリストによる大規模な攻撃」への備えもないに等しい。6月14日、愛媛県警と陸上自衛隊が、愛媛県伊方市にある四国電力伊方原発でテロを想定した共同訓練を行った。武装した工作員が県内に上陸したとの想定で約100人が緊急輸送訓練や検問訓練などをしたもので、武器を持って対テロ訓練を原発敷地内で行うのは初めてのことだ。これも東電福島原発事故が契機となったもので評価はできる。

 ただ、日本を取り巻く東アジア情勢は緊迫化し、わが国の平和が脅かされている。平成23年版「防衛白書」は、北朝鮮について、「大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発、配備、拡散などを継続するとともに、大規模な特殊部隊を保持しているほか、朝鮮半島において軍事的な挑発行動を繰り返している。このような軍事的な動きは、わが国を含む地域の安全保障における喫緊かつ重大な不安定要因であるとともに、国際的な拡散防止の努力に対する深刻な課題となっている」と指摘している。

 かなり淡白に語られているが、朝鮮労働党幹部が日本の原発51基をノドンミサイルで攻撃する発言や北朝鮮特殊部隊の中核となる陸軍第8特殊軍団の精鋭部隊が海路で日本に上陸し、原発や自衛隊基地などを攻撃する計画などが伝えられている。原発の警備が自衛隊員ではなく民間の警備員というのも、危機対応能力はゼロに等しいと言える。

 中国も、わが国の領土である尖閣諸島(沖縄県石垣市)を「核心的利益」と位置付け、国防費を継続的に大幅に増加させ、核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした軍事力の広範かつ急速な近代化を進め、戦力を遠方に投射する能力の強化に取り組んでいる。ロシアも北方4島を不当に占拠し続け、極東地域における軍事活動を活発化させている。

 こうした「我が国に対する外部からの武力攻撃、テロリストによる大規模な攻撃、大規模な自然災害等の国及び国民の安全に重大な影響を及ぼす緊急事態」(3党合意の定義)にどう対応するのか─が国会で緊急に議論されねばならない。特に、内閣総理大臣の役割を明確にすることが求められる。

 東日本大震災においては、災害対策基本法に基づいて菅前首相を本部長とする緊急対策本部を設け、被災者の救援、救助に当たったが、国が強制力を持った措置は取りにくく広域で甚大な震災には十分対応できなかった。原発事故に対しては、原子力災害対策特別措置法により、原子力緊急事態を宣言したが、首相の強いリーダーシップが法律で担保されていれば原子炉冷却に必要な人材、機材をもっと有効に使用できたはずである。

 従って、内閣総理大臣に国家の緊急事態宣言を発する権限などを諸外国並みに与え、政府主導の下に迅速に対処することが不可欠だろう。また、菅前首相や自衛隊出動の遅れを招き、犠牲者を倍増させた阪神淡路大震災発生時の村山富市首相(当時)のような首相を選ばないことだ。当時の自民党は、政権に帰りたいばかりに安全保障政策など重要政策の全く異なる村山社会党委員長を首相に据えたが、こうした政局人事により国民の犠牲が増幅したことを明確に知るべきである。

 地方議会では今、「緊急事態基本法の早期制定を求める意見書」が続々と採択されている。北海道、愛媛、香川、島根、千葉、高知、宮城、滋賀、埼玉など14の都道府県議会レベルと60の市区町村議会レベルで可決され、地方自治法第99条の規定に基づき、衆参両院議長、首相、総務大臣宛にその意見書が送付されている。

 こうした地方の声に政府、国会はもっと敏感であるべきだ。

 「どこの国の憲法にも緊急事態の規定があるのに、わが国の憲法にはないことも問題だ」(野党中堅幹部)。米国製の日本国憲法は平時を想定して作られており、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意」(憲法前文)しているので、外部からの武力攻撃、テロや大規模自然災害への対応を想定した「非常事態条項」が欠落しているのだ。

 それを議論すべき絶好の場が衆参両院に設置された憲法審査会なのに低調だ。設置から4年を経て昨年10月にようやく始動したが、議論の大半は有識者からの意見聴取や論点整理にとどまっている。改憲派と護憲派が雑居している民主党が特に消極的で「憲法はちょっと法律を改正するというものじゃない」(輿石東幹事長)との立場だ。しかし、憲法は国家、国民のための根本法であることを考えれば、必要とあらば大いに議論をして改正するのが当然だろう。「憲法守って国滅ぶ」というのは本末転倒である。

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