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今年の安倍首相の政権運営

「集団的自衛権」が焦点に維新らと公明包囲網形成も

 第2次安倍政権は昨年12月26日で、丸1年が経過した。経済政策を最優先にした手法は、経済指標だけでなく雇用や賃金の上昇など実体経済にまで波及している。首相は30日に東京株式市場の大納会にまで足を運んだ。2020年東京五輪・パラリンピックも勝ち取った首相は「丁寧な政権運営」を心掛けたというが、2年目となる2014年はどうか。連立を組む公明党が集団的自衛権の行使問題で賛成へと動かなければ、憲法改正や理念で近い日本維新の会やみんなの党などと協力して公明包囲網を形成して法案成立への下地をつくってでも公明党を動かし、安倍カラーの濃い政策をさらに進める巧みな政権運営に踏み出す見通しだ。


 安倍首相は30日に東京・日本橋兜町にある東京株式市場の大納会に現役の総理として初めて出席した。今年の最終日の株価は終値で1万6千円台をつけた。首相は「来年もアベノミクスは買いです」とあいさつするほどの余裕を見せた。

 発足時に1ドル=85円台でスタートした円相場は、105円台にまで下落。それが輸出産業の業績をアップさせ国内総生産(GDP)は4四半期連続でプラス成長となった。これは日銀総裁となった黒田東彦前アジア開発銀行総裁による「異次元の金融緩和」を進めた成果だ。

 こうした景気回復基調が雇用や賃金の上昇にも波及している。厚生労働省が12月27日に発表した11月の有効求人倍率(季節調整値)は前月比0・02ポイント上昇し1・00ポイントとなり2カ月連続して改善した。1倍の大台に乗ったのは2007年10月以来、6年1カ月ぶりだ。

 12月20日に開催された政府と経済界、労働界の代表による政労使会議で「政府による環境整備のもと企業収益の拡大を賃金上昇につなげる」と明記した合意文書を取りまとめた。これは異例だ。政労使一体で賃金上昇を目指すことを明確に打ち出したほか、政府は賃上げに積極的な中小企業への支援を拡充することや、非正規雇用者の正社員化を促す施策を講じていくことなどが盛り込まれたのである。

 安倍首相としては、国民が最も関心のある経済に力を入れ成果を出すことを最優先に位置付け、その上で、憲法、外交、安全保障、教育など安倍カラーの強い政策を進めてきたといえる。

 「確かに、経済中心でことが進んできた。しかし一方で、安倍さん肝いりの法案がいくつも成立してきた」と自民党幹部は指摘する。その第一が、日本版NSC(国家安全保障会議)の創設だ。第1次安倍政権では挫折したが、今回は55日間に及んだ臨時国会で執念を持って成立させた。12月4日のNSC発足で、首相官邸を中心に外交・安全保障に関する迅速な情報収集や重要な政策決定が行われることになったのである。

 NSCの中核となるのは首相、官房長官、外相、防衛相による「4大臣会合」で、副総理も交え、原則として2週間に1回開催される。また、国民の生命、財産に関する事項では「緊急事態大臣会合」が開催され、基本的な対処方針を決める。

 一方、自衛隊派遣が必要な場合には、文民統制を確保するために、4大臣に加え総務相、国土交通相らを交えた「9大臣会合」を開催し、対応策を決定する。

 スタートの約2週間後には、日本初となる「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」と「中期防衛計画」が閣議決定され、23日に開催した「4大臣会合」では武器輸出三原則の例外として国連南スーダン派遣団(UNMIS)に参加している韓国軍への銃弾提供を即決した。緊急事態に短時間で対応できる態勢が整ったのである。

 安倍首相がこだわったもう一つの法律は、特定秘密保護法案だった。外国の機密情報はNSC傘下に置かれる国家安全保障局が一元管理するが、機密情報の保全が確保されていなければ外国から機密情報は得られない。そのため、そうした機密情報を保護するために必要だったのが同法案だったわけで、NSC法案とセットで成立させなければならなかったのである。

 可能な限り国民の幅広い賛同を得る必要から野党にも説得作業を重ね、みんなの党と日本維新の会の修正事項の要求を受け入れ衆院ではすんなりと可決された。しかし、参院では民主党その他の政党が廃案に持ち込むため時間稼ぎなどをして抵抗。そのため採決ありきの強引な委員会運営が行われたことで、みんなと維新の支持を得られないまま自民、公明の多数で可決、成立に持ち込んだのである。

 臨時国会最終盤のゴタゴタを乗り切った首相だが、首相のブレない政治姿勢と重要政策成立への執念を評価する向きもあり、直後の各種世論調査で内閣支持率が10ポイントほど下がったが、再び持ち直しているのが実情だ。

 安倍首相の今年の政権運営を見通す上で注目されるのが、12月26日午前に靖国神社を参拝したことだ。安倍氏の首相在任中の参拝は第1次政権を含めて初めてで、中国、韓国との関係改善を急ぐ考えから4月の春季例大祭、8月の終戦の日、10月の秋季例大祭はいずれも参拝しなかった。

 ところが、就任一年目の節目の日、突然、参拝に踏み切った。自民党内や保守系の人たちからは支持する声が強かったが、連立を組む公明党内では批判の声が渦巻いている。首相は参拝直前、公明党の山口那津男代表に理解を得られないことは分かっていても電話をし参拝を伝えた。山口代表は案の定「政治問題、外交問題を引き起こすので避けた方がいいと繰り返し述べてきたにもかかわらず、参拝したことは残念だ」と述べるとともに、「参拝が引き起こすさまざまな結果は首相自身が修復しなければならない」と不快感を露わにしている。だからといって連立から離脱するとの選択肢はない。

 「公明党としては当面我慢をし再び参拝をしないでもらいたいと言うのが関の山だろう。彼らが面食らったのは、首相が彼らの声を聞かずに単独行動することがあるのを目の当たりにしたことだ。再び参拝するのではないか、次は集団的自衛権の行使問題や憲法改正で独自の行動をとるのではないかなど、次第に不信感が募っているはずだ」(政界関係者)という。さらに、「連立与党の友党・公明党の助言を聞かずに自らの信念を貫く首相には、菅義偉官房長官以外に想像しにくい新たな政権戦略が芽生えている」(同)というのだ。

 現在、安倍自民党は公明党と連立はしているものの、見解の食い違う重要政策も多い。そこで、教育基本法改正の際に絶対反対だった公明党を文言の修正協議を経て説得したように、十分時間をかけて説得に努める。その一方で維新やみんなの党との政策ごとの部分連合(パーシャル連合)を構築して重要政策を仕上げていく。ウィングの幅を広げて舵取りをしていこうとするものだ。

 靖国参拝では、維新の橋下徹代表は首相参拝について「最近の中国、韓国は著しい侮辱発言の連続だ。外交上の配慮で参拝を見送るのはもうやめようと判断したことは非常に合理的だ」と首相にエールを送った。また、みんなの渡辺喜美代表は談話で「個人の信仰の問題であり、とやかく言うことはない」と語った。維新もみんなも〝靖国与党〟なのである。

 首相にとって、経済を除き今年の最大の懸案は、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈の見直しだ。政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」(座長=柳井俊二・元駐米大使)が現在、新たな憲法解釈に関する提言を4月にも報告書にまとめ首相に提出する方向で作業を進めている。

 読売新聞(12・29)によると、提言の概要は原油などの海上交通路(シーレーン)での各国との共同パトロールへの参加を可能にすることなどを念頭に、「日本の安全に関わる重大な事態」が生じた場合に集団的自衛権の行使を可能にすることが柱だという。1981年5月29日の政府答弁書では、憲法9条下で認められる自衛権の行使は、「我が国を防衛するために必要最小限の範囲にとどまるべき」とされ、集団的自衛権の行使はその範囲を超えているとしている。

 これに対して検討中の新解釈は、日本の安全に重大な影響を及ぼす事態で集団的自衛権を行使しても憲法が認める「必要最小限度の範囲」を超えないというものだ。そうなると、シーレーンでの共同パトロールに参加し、他国の艦船が攻撃された時に反撃することや周辺事態の際に米軍に武器・弾薬の提供や戦闘地域での補給もできるようになるということだ。

 こうした新解釈に公明党がついていけるのか。自民党関係者は「最初は反対していても最後はついてくる。有事法制のときもそうだったし、教育基本法改正だって字句修正程度でついてきた」と話す。一方で、自民党幹部は「それは難しいだろう。党内を説得できない。閣議決定をする際、国土交通相の太田昭弘が不満を表明して閣外に去るかもしれない」と語る。実際、山口代表も「連立関係に影響する」と述べている。

 そこで動き出す新戦略が「公明党包囲網」だ。賛成派の維新とみんなの抱き込み先行により、法案成立への下地を作ってしまおうというものである。

 橋下、石原両共同代表は「行使を認めるべき」との見解だ。衆議院では自民が293議席あるが、維新は53。公明の31より多い。参議院でも自民114議席に維新の9が加われば、すでに過半数を占めてしまう。その他、民主党内の賛成派である野田佳彦前首相や前原誠司元代表、細野豪志前幹事長らの糾合も図る。その方がより幅広い国民の声を集めたとの主張がしやすい。そうなると自民があまりに野党に手を広げ始めて面白くないのが公明党だ。結局は「下駄の雪」のようについてくる。こんな戦略を立てているものとみられる。

 幸い、安倍首相は東南アジア諸国連合(ASEAN)との信頼関係が深く、安全保障面で「日本が積極的に役割を果たすことを歓迎」すると理解も得ているのだ。中国と韓国との関係は変わらず難しいだろうが、北朝鮮も含めた北東アジアや南西アジアの不穏な動向を逆に好材料に使いつつ、国家の防衛体制を整えていく。そのことが、今年の最大の課題だ。

 首相は憲法改正については、次の国政選挙まで3年あるのでじっくり取り組んでいきたいと語っている。それ故、まずは集団的自衛権の行使を可能にする新憲法解釈を取り入れ、次に改憲に向かっていくものと思われる。「改憲は私の政治家の原点」と語る首相が、2年目をどう乗り越えていくのか。首相の力量が問われよう。

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