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アベノミクスがアベノリスクに豹変する

エコノミスト 植草一秀氏

 エコノミストでスリーネーションズリサーチ社代表取締役の植草一秀氏は4月14日、明治記念館で「消費税増税後の日本と世界」をテーマに内外経済金融情勢を語った。植草氏は「株価が上がった理由は、一般的にはアベノミクスだとされているが、本当は米国の長期金利が上がったからだ」とし、「アベノミクスが今、アベノリスクに切り替わりつつある」と展望した。主催は村上正邦経済研究会。以下はその要旨。


 スタートダッシュには成功した安倍政権だが、成功したのは最初の半年だけで現在、一年半を経過して昨年5月以降の株価はほぼ横ばい状態にある。年初からはむしろ下り坂に転じている。

 この経済の動きが安倍政権の先行きに大きな影響を与えるだろう。

 今年、内閣改造で求心力を高めようということだが、今後の経済状況によっては党内の内部闘争が広がってくる。

 潜在的に大きなリスクがウクライナ情勢だが、三大リスクとして「SFC」の壁がある。

 Sというのはセールスタックス(消費税)。Fというのは世界経済と金融の核となる米国の中央銀行にあたるFRB(米連邦準備制度理事会)のことだ。金融緩和縮小への動きが出てきて、これが大きな意味を持つ。3つめにチャイナリスク。中国が底割れしないのかどうか。さらにウクライナ情勢が加わる。

 アベノミクスはメディアが大きく持ち上げて、これでロケット発射で政権が浮上。その慣性力で政権が今、飛行を続けている状況だ。

 そもそもアベノミクスとは何だったのかというと、3本の矢である金融緩和と財政出動、それに構造改革だ。経済学で経済政策というと、この3つがそうだ。目新しいものでも何でもなく、ごく普通のものだ。ただものは言いようで、アベノミクスという表現でメディアがもてはやされた。

 アベノミクスが人気を博した理由は、8660円の株価が15627円まで上がり、半年で8割といった株価上昇があったことだ。これが最大のポイントであり、これが全てといってもさしつかえない。

 これをメディアが大きく持ち上げ、安倍人気が生まれた。その力で今、安倍政権は走っている。

 しかし、株価が上がった理由は、一般的にはアベノミクスだとされているが、本当は米国の長期金利が上がったというのが最大のポイントだ。安倍政権というのは米国発の波にうまく乗って、それで株価上昇というラッキーな果実を得たというだけのことだ。

 そのアベノミクスが今、アベノリスクに切り替わりつつある。図1、2を見て分かる通り、日経平均株価の動きが円ドルレートとほぼ連動している。株価は円安に連動して上昇した。

 さらにその円安はどのようにもたらされたのかというと、米国の長期金利と円ドルレートに相関関係が見られる。

 米国の長期金利が上がる時にドル高。下がる時にドル安。10年金利が2012年7月に1・38%と大底をつき、そこから米国の金利が上昇に転じて、昨年12月で3・0%まで上がった。この米国金利に連動する形で円ドルが78円から103円とドル高になった。これが株高のメカニズムだ。

 一番のポイントは米国の金利が上昇したことだ。ドルが上がり、株が上がった。その意味では安倍政権は運が強いともいえる。

 それではアベノミクスというのは全く効かなかったのかというと、必ずしもそうとも言い切れない部分がある。

 長期金利というのは大体、10年の国債の利回りを使う。これを見ると2012年の9月以降、同年末あたりまでは、米金利と日本の金利は一緒に動き連動している。普通は日本と米国の金利は連動しているが、例外になったのが昨年の年初から9月までの9ヶ月の間だけで日米の金利はばらばらになった。

 日本の金利は昨年1月から8月までに、金利が0・8%から0・3%まで下がった。それがアベノミクス期待効果によるもので、安倍政権が誕生して金融緩和をやるよという期待があって金利が下がった。

 日本の金利低下が円安ドル高を支えたことは事実なので、アベノミクスは一部、効いている。

 ただ、昨年4月から5月にかけて、金利は0・3%から1・0%に跳ね上がった。

 これがアベノミクスの副作用だった。安倍政権はインフレ誘導ということを少し騒ぎすぎた。それで、将来のインフレを先取りして金利は上がってしまう。金利が上がるとアベノミクスのすべての前提が崩れる。

 そうした副作用があって円高になったり株が下がったりといった波乱があった。

 それで、日銀は余計なことは言わなくなった、そうしたら金利は下がってきた。何を言いたいかというと、アベノミクス一本目の矢はよく効いたと言われるが、実はあまり効いていない。

 4月30日には日銀の政策決定会合がある。おそらく日銀が追加金融緩和を打つ。だがこれも一時的効果にとどまるだろう。元来、株価が上昇したのは、日本の株価が安すぎたというのがある。

 安倍政権の前の、菅、野田政権が財務省路線の財政緊縮に走りすぎ、株価が下がっていた。

 昨年、2つ本を出した。3月に出した本「金利・為替・株価大躍動 インフレ誘導の罠を読み抜く」では、株価が1万6000円ぐらいまで上がるだろうと予測し、年末に出した「日本経済撃墜」では年明けには株価下落が始まると書いた。

 株式益利回りの格差から判断するPER(株価収益率)は、25倍ぐらいが妥当だ。それで昨年初めにはかなり低い水準にあり、企業収益の拡大を考慮するPER25倍ぐらいまで買われていいのじゃないかという試算で1万6000円という数字を予想した。事実、その通りになった経緯がある。しかし、ファンダメンタルズを考慮すれば、本当は株が2万5000円まで上がっておかしくない。

 そのためには経済の上向きの流れを壊してはいけなかった。安倍首相が増税を先送りして、まずは景気を軌道に乗せることを優先すべきだった。そうすれば歴史に名を残す経済政策の成功が見られたと思うが、経済がちょっと浮上したところで今年度、猛ブレーキを踏んだ。それで株価は割安であるのに下がっている状況になっている。

 安倍さんはベアが実現したと言っているが、労働者の所得は上がっていない。

 昨年の1年は丸々、安倍政権の1年だったが、所得は過去最低となっている。1月の所得が前年同月比マイナス0・2%、2月が同0・0%だった。所得が増えてない。しかし、消費税は上がり物価も上がる。

 6月に成長戦略を出すことになるが、主要項目は5つある。まず農業、医療、解雇の自由化と法人税減税と経済特区の導入だ。

 これは大資本にとっては有利な話だが、一般庶民にとってはマイナスの話だ。それを良いとみるのか、悪いと見るのか。

 基本的に安倍政権の経済政策は、小泉政権の焼き直しだ。市場原理主義による弱肉強食の世にしようというものだ。

消費税問題

 失われた10年が20年になり、今や失われた30年になるかといわれている。

 これまで日本経済が浮上しかかったことが4回ある。1回目の1996年は財政政策の逆噴射で潰れた。2回目の2000年は森政権、小泉政権の財政政策の逆噴射で潰れた。3度目となる2007年は、日本のせいではなくてサブプライム危機という外からきた大津波で潰れた。4回目は今回で、今回もまたブレーキを踏んでしまうのか、その岐路にある。

FRB

 FRB新議長が就任した。そのFRB議長として問われる能力は3つある。政策立案能力と現実の経済を読みぬく能力、さらに議会への説明能力だ。その点、新議長に就任したイエレン氏は、バランスがとれいい。

 なお、米景気はしっかりしている。大局的見地からすれば、米は金融緩和縮小に動き、金利を上げる。2015年前半にも、FRBは利上げに着手するだろう。すると新興国へ流れ出ていた資金が、金融引き締めで米国へ回帰することになる。

 フラジャイル5といったインド、ブラジル、インドネシア、南アフリカ、トルコ、こういう国々が波乱に見舞われる。

 ただ米個人消費支出(PCE ) 価格指数の推移を見ると、今1%付近まで落ちている。FRBはこれを2%までしようというインフレ率目標を掲げている、つまり、インフレ率が目標より低い。つまりそう簡単に金融引き締めはしない。

 米国は金融を締める方向に向かうのは間違いがないが、切羽詰った状態ではなく落ち着いているということだ。

 一方、欧州はどうなるか。

 欧州はもう一度、金利を下げる可能性がある。通貨が上がっていくとインフレ率は下がってくる。インフレ率が下がると金融緩和が進む。すると、通貨は下がり始める。こうした循環が起きる。

 ユーロは直近、半年、上昇気味に推移してきたが、これから下落に転じる可能性がある。

 日本では逆で、急激な円安でインフレ率が上昇し、金融緩和が縮小されなければいけない。

チャイナリスク

 中国は景気も悪いし、シャドーバンキングの問題もある。

 その中国経済の鍵を握るのが米国だ。人民元はドルにリンクしており、ドル高になると人民元高になる。それで中国は人民元を下げるため、ドルを買って元を売る為替介入をしている。だからこれから米が金融引き締めに動くと、中国はピンチに追いやられる。

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