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沖縄銀行告発リポート第二弾 本誌特別金融取材班

経済に命の息吹き込めない沖銀

産業育成の精神欠落 新自由主義の〝病人〟

 資本主義というのは「金があるものは金を、知恵があるものは知恵を、技術があるものは技術を出す」ことで、活力のある産業社会を構築する社会システムとして機能してきた経緯がある。とりわけ明治時代、我が国の身分が固定した閉塞型社会の封建システムを打破する社会資本となった。

 だが近年、資本が産業を育て、国家を繁栄させ国民を豊かにする資本主義に歪みが生じ始めている。

大きな新自由主義の弊害

 とりわけ金融機関の縛りをはずした新自由主義の弊害は大きい。

 資本は産業を育成してこそ、資本としての意味を持つ。それが資本を生み出すことを第一義とし、金で金を生み出すマチ金に成り下がったような金融機関の実態には辟易させられる。

 本誌で特集している沖銀問題も、そうした流れの中にある。

 沖銀では現在、沖縄の有力な酒造会社のM&Aに乗り出している。

 M&Aも両者が納得した上ならまだしも、一方的にM&Aへと追い込んでいく強引さが目につく。

 しかも力ずくの謀略的手法が顕著だ。使う手立ては決まっている。銀行から借りた債務を、最大のバーゲニングパワーにして、責めたててくるのだ。

企業乗っ取りと変わらず

 こうした場合、銀行は貸付けた債務の金利は支払っていたとしても、容赦はしない。リスケを拒否したり、元金一括返還を迫ったりして相手を窮地に立たせて、目的とするM&Aへと追い込むのだ。

 さらに、リスケを拒否し、元金一括返還を迫った金融機関がよく使う手が、取引先への売掛け債権の仮差押さえ、会社や工場への競売申し立てといったものだが、そうした場合、企業としての社会的信用は失墜する。

 金融機関はこうしたことを読み込んだ上で、あえてこういう手立てに出てくる。

 これでは債務を人質にとった企業の乗っ取りとさして変わらない。確かに銀行とすれば、M&Aで債務は返還されるし、何よりM&Aの多大な手数料が懐に転がり込む。

 だが、こうした金融機関の利益至上主義は、地場産業の活力を削ぎ落とし、競争力を減退させる。

撤廃すべき沖縄地場銀行保護政策

 何より金融機関の利益のために、長年、苦労して育て上げた企業の未来を素足で踏み潰すような暴挙が許されていいはずがない。

 ただ、沖縄にある3行の一つである海邦銀行の名誉のために言っておくと、謀略を隠すことなく踏み込んでくる沖銀や琉銀とは違い、まともな対応をしている事例もある。小さな銀行の方が、強欲資本主義の走狗のような立場を敢えてとらず、紳士的な動きをしていることは皮肉といえば皮肉な話だ。

 沖銀の宮古支店では、以下のような話も聞いた。

 ある企業は、担保を差し入れ、十分な枠もあるのに、沖銀は突然、態度が変えて億単位の元本の一括返還をしなければ枠を閉じると宣告したというのだ。沖銀サイドはどうせ返還できっこないと読み込んでの宣告だった模様だが、同企業は資金をかき集めて返還すると、担当者は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、態度を豹変させたという。

 なお沖銀や琉銀など沖縄の3銀行は、復帰特例措置法により、保護されている。具体的には本土の銀行が沖縄に営業拠点を構えることを禁止し、地場銀行を保護しているのだ。

 だが、過保護の子供がただわがままで、どうしようもない子供にスポイルされやすいように、沖縄の地場銀行が保護政策の上に、ただ胡坐をかいて沖縄の産業育成には役立っていない実態がある。

 こうした悪弊を打破するためにも、沖縄の地場銀行保護政策を撤廃し、本土の銀行が自由に営業できるように風通しをよくしたらいい。それがあって初めて金融特区の意義があろうというものだ。(次号に続く)

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