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憲法改正へ着々と準備

来夏参院選後の国民投票目指す

与野党、項目絞りで調整本格化

 国会での憲法改正論議は、憲法を「改正すべきか否か」という段階から、「改正するなら、どの条文をどう改めるべきか」といった内容を問う新たな段階に入っている。その背景には安倍晋三首相の憲法改正に対する強い執念と意欲がある。安倍首相は2月4日、改憲の国会発議とその賛否を問う国民投票の時期について、来年夏の参院選後が「常識だろう」との認識を示した。首相が実施時期について言及したのは初めてで、改憲が具体的な政治日程に上ることになった。5月7日の衆院憲法審査会を機に改正テーマを絞り込むための与野党調整が本格化してきた。


 安倍首相の「常識」発言が重みを持って捉えられているのは、9月に開催される自民党総裁選で安倍首相(総裁)への対抗馬が見つからず再任の可能性が大きいからだ。そうなれば、さらに3年間、首相のポストを続けることを意味し、来年夏の参院選を安倍首相が指揮することになる。その戦績次第では衆院だけでなく、参院でも国会発議に必要な3分の2以上の議員を確保することに道が開けることになる。従って、安倍首相の「参院選後の国民投票を目指す」発言は、「それなりの重みを持って受け止められている」(自民党幹部)のだ。

 この発言が明らかにされたのは、自民党の船田元・憲法改正推進本部長との協議でのことである。船田氏は今国会で改正項目のテーマを絞り込み、来年の通常国会までに議論を深めて原案を作成し、夏の参院選後にそれを国民投票にかけるとのシナリオを首相と確認した。

 さらに船田氏は「昨年の通常国会で改正国民投票法が成立し、平成30年以降の国民投票は18歳以上の国民に投票権が付与される。併せて、選挙権年齢を『20歳以上』から『18歳以上』に引き下げる公職選挙法改正案も今国会で審議される予定だ。憲法改正というのは、将来の国の形を決めることでもあり、できるだけ若い人たちが投票に参加できることが望ましい。着実に環境の整備が進んでいると思う」(産経新聞とのインタビューで)との考えも示している。

 また、自民党憲法改正推進本部事務局長の礒崎陽輔首相補佐官もこのほど、憲法改正について、大災害などを想定した緊急事態条項の新設から取り組むべきだとの考えを示し、「最初はできる限り合意が得られるところで行い、次からもう少し難しい問題を議論すれば良い」と2段階論を唱えるとともに、憲法9条改正や改憲手続きを緩和する96条改正を2段階目の課題だと説明。「分かりやすいところから改正する必要がある。そうすれば国民も9条などの議論の仕方が分かる」と述べた。

 「分かりやすいところ」と言えば、憲法第6章の79、80条の裁判官への報酬に関する箇所もそうだ。「定期に相当額の報酬を受け、在任中に減額できない」と書いてあるので、「わいせつ行為など法に抵触する事件を起こしても減給できないのはおかしい」(自民党衆議院議員)との批判も出ている。

 つまり、安倍首相も自民党も、党独自に作成した「日本国憲法改正草案」を丸ごと国民に問うのでなく、他党と共有できるテーマに絞って改憲原案を作成し、そのテーマごとに国民投票にかけるという部分改正を重ねていく手法でいくことで合意しているのである。

 自民党としては緊急事態条項や環境権、財政規律条項の新設を優先させる方針で、船田、礒崎両氏とも「一番テーマになっているのは緊急事態(条項)だ」(礒崎氏)との認識で一致している。

 「加憲」の立場の公明党は4月22日、党憲法調査会を開き、約2年振りに憲法改正についての議論を再開した。北側一雄・同会会長(党副代表)は、自民党が来年夏の参議院選挙後にも、憲法改正を発議する構えを示していることについて、「期限ありきではない」とけん制しつつも、安倍首相の「常識」発言を受けて、具体的な項目について検討し準備をすることになった。

 公明党はこれまで、加憲の項目として環境権などを挙げてきたが、北側氏は最近、「憲法に衆参両院議員の任期などが書き込まれ、災害時に(任期延長などの)措置はできない」と指摘。大災害が発生した際には任期満了に伴う国政選挙を延期するなど、緊急事態に対応する条項の必要性を強調するようになった。

 「この部分は自民党の考え方と一致している。緊急事態条項の議論を優先して行い、自民と公明が議論をリードし、他党の賛同を得る作業をして成案にこぎつけるシナリオをすでに自公両党の幹部が描いているフシがある」と語るのは自民党中堅幹部だ。同幹部は「自民、公明両党は安全保障法制に関する協議会でも集団的自衛権の行使について溝を埋め、結局は合意した。憲法改正でもそれは可能だろう」と指摘するとともに、「衆院の憲法審査会の委員は全部で50人いるが、民主が8人、公明4人、維新4人、共産2人、次世代1人で他の31人は自民が占めている。あとは民主をどれだけ賛成に回せるかだろう」とも続けた。

 民主党は2004年5月、緊急事態基本法の必要性で自民、公明とともに合意している。この合意は細部にわたるもので、外国からの侵略やテロ、騒乱などの有事や、大規模な自然災害など、国家や国民の生命・財産が脅かされる重大で切迫した事態に対応するために、国として迅速かつ適切に対処するためのものだ。

 民主党としても3党合意に先立ち、緊急時における政府機能として、少人数の閣僚の判断で迅速に意思決定ができるようにするために首相を議長とし、官房長官、外務大臣、防衛庁長官、国家公安委員長など8閣僚をメンバーとする「国家緊急事態対処会議」の新設を盛り込む案を作成していた。この中には、自民党の改憲案に通じる内容が盛り込まれていた。その法律の必要性が当時の政権党だった2011年3月の東日本大震災の後にも浮上していた。だがそれを基本法にとどまらず、憲法に盛り込むことに賛成するまでには、岡田克也代表の改憲論議への消極姿勢もあり、かなりハードルが高いのは確かなようだ。

 ただ今年の5月3日の憲法記念日での改憲派の集会に勢いが見られたように、改憲への流れは確実に強まっている。安倍首相の「常識」発言に加えて、安保法制論議で憲法に何も書かれていない自衛隊の役割が拡大していることも挙げられる。4月28日の日米首脳会談と日米新防衛指針(ガイドライン)でも、自衛隊による米軍支援の拡大で合意し、「(北東アジア)地域でも地球規模でも新しい方法で協力できるようになる」(カーター米国防長官)との期待が示された。その自衛隊の存在を憲法で裏付けるべきだとの声が高まっているのも事実だ。

 民主党内にも前原誠司元外相ら9条改正論者がいて、他にも96条改正議員連盟の役員を務めた「改憲4人組」と呼ばれる渡辺周、長島昭久、笠浩史、鷲尾英一郎の4氏がいる。それ以外の観点から改憲を支持する声もある。松原仁元拉致担後にも浮上していた。だがそれを基本法にとどまらず、憲法に盛り込むことに賛成するまでには、岡田克也代表の改憲論議への消極姿勢もあり、かなりハードルが高いのは確かなようだ。

 ただ今年の5月3日の憲法記念日での改憲派の集会に勢いが見られたように、改憲への流れは確実に強まっている。安倍首相の「常識」発言に加えて、安保法制論議で憲法に何も書かれていない自衛隊の役割が拡大していることも挙げられる。4月28日の日米首脳会談と日米新防衛指針(ガイドライン)でも、自衛隊による米軍支援の拡大で合意し、「(北東アジア)地域でも地球規模でも新しい方法で協力できるようになる」(カーター米国防長官)との期待が示された。その自衛隊の存在を憲法で裏付けるべきだとの声が高まっているのも事実だ。

 民主党内にも前原誠司元外相ら9条改正論者がいて、他にも96条改正議員連盟の役員を務めた「改憲4人組」と呼ばれる渡辺周、長島昭久、笠浩史、鷲尾英一郎の4氏がいる。それ以外の観点から改憲を支持する声もある。松原仁元拉致担当相は、「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という憲法前文は北朝鮮による邦人拉致問題を見れば全くナンセンス、との立場で改憲を主張している。

 従って、自民党としてはこれら改憲派を一人ひとり切り崩し、まずは緊急時の国会議員の任期延長や、衆院解散権の凍結といった部分で賛成に回れるよう説得作業を積み重ねることが肝要だ。また、維新の党との議論も深める必要がある。同党の小沢鋭仁・憲法調査会長は5月1日、都内の憲政記念館で開催された新憲法制定議員同盟(会長・中曽根康弘元首相)主催の推進大会で、「統治機構の改革をはじめ、緊急事態、環境権、財政規律の三つの方向性で賛成していく」と明言した。維新の党の議席数は衆院で40、参院で11だ。この数字を自民、公明に加えると、衆議院では改憲の発議に必要な3分の2以上の議席の確保へさらに前進できる。

 もう一つ、改憲派に勢いが出てきた背景に、護憲派を自任する社民党や日本共産党の衰退が指摘される。かつて自民、社会両党による「55年体制」時代には、改憲を主張すれば右翼とのレッテルを貼られ、閣僚が発言すれば『閣僚の憲法順守義務違反にあたる』と批判された。

 ところが、現在、安倍首相が改憲を政治日程に入れると発言しても、誰も『順守違反』と問題視することはない。当時の一大野党だった社会党の多くが民主党に吸収され、社会党後身の社民党の国会議席は衆院2、参院3と風前のともし火状態だ。共産党も2000年のピークを境に凋落傾向が続いてきた。しかし、最近の国政選挙と統一地方選では盛り返しを見せている。その結果、5月20日に予定されている安倍首相との党首討論に出席できることになったのだ。

 そのタイミングこそ、護憲政党であると前面に押し出し躍進している日本共産党を追撃する場にしたらいいのではないか。国会質疑では、首相は答弁するだけで質問できないが、党首討論では、首相が質問可能だ。そこで、共産党が改憲政党だったことを安倍首相が志位和夫委員長に突き付け、何故変わったのか、いつから護憲政党になったのか、実際には何を考えて革命戦術を進めているのか、などを詰問する。それを志位氏は説明できるのか。できなければ共産党の信用は失墜するとともに、憲法審査会に出席している2人の共産党委員の発言力も弱まることになろう。

 このことが話題になったのが、先述の新憲法制定議員同盟主催の推進大会だった。駒澤大学の西修名誉教授が記念講演の中で、昭和21年8月24日に共産党を代表して野坂参三氏が国会で行った演説の議事速記録を紹介。その中の「当憲法第二章(9条のこと)は、わが国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある。それ故にわが党は民族独立のためにこの憲法に反対しなければならない。…。われわれは当憲法が可決された後においても、将来当憲法の修正について努力するの権利を保留して反対演説を終わる」との箇所を読み上げたのだ。つまり、同党は現行憲法に最初から反対し、修正のために尽力しなければならない政党のはずであり、「日本人民共和国憲法(草案)」を党独自に持っていたことやその内容も問題視されるべきなのだ。「野坂議長 ・宮本書記長」時代を築いた党内序列1位だった野坂氏の発言は無視できまい。

 安倍首相としては来年夏の参院選で憲法改正を最大のテーマに掲げる見通しだ。ただ、参院の3分の2は162議席で、現在、自民が114議席。公明と合わせて134。自民の改選議席は49なので前回の圧勝議席をさらに12議席上回らねばならない。ただ、維新や次世代、民主の一部も加わると「162」の数字は見えてくる。場合によっては改憲を旗印に衆参ダブル選挙を断行し、政権の存続自体を賭けて勝負に出ることがあるかもしれない。

 かつて安倍首相の祖父の故岸信介元首相が、「もう一度、首相になれたら志(憲法改正)を遂げられたのに」と悔やんでいたというが、祖父を越えて2回目の首相となり、さらに今後、3年間政権を預かる可能性の大きい安倍氏がその志を受け継ぎ改憲を実現できるのか否か。第一次政権のときのような強行採決の連発による強引な国会運営は避け、丁寧な国会審議と謙虚な姿勢が求められる。

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