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「7月10日衆参ダブル選」説

安倍首相決断、5つの理由

改憲発議に「挑戦」へ

 今夏行われる参議院選挙に向けて各党は選挙態勢の構築を加速させている。4日から始まった通常国会も、開幕冒頭から戦闘モードだ。その一方で、昨年暮れあたりから衆議院と参議院の選挙を同日に行うダブル選挙の可能性が浮上し、7月10日投開票説が強まっている。安倍晋三首相の年頭記者会見での発言からも「ダブル選の臭い」が漂ってくる。首相が決断に踏み切るとすればその根拠は何か――。


 安倍首相は4日、年頭の記者会見で今国会を「挑戦する国会」と銘打ち、内外の諸課題に取り組む決意を表明した。夏の参院選については自民、公明両党で過半数を目指す意向を表明するとともに、衆院解散による同日選の可能性は「全く考えていない」と否定した。憲法改正についても「参院選でしっかり訴え、その中で国民的議論を深めていきたい」と語った。

 同じ与党公明党の山口那津男代表は首相の発言について「改憲は自民党の党是だから、国民の幅広い議論と理解を深めていくという一般的な主張を述べたのだと思う」とけん制、改正項目の検討は参院選後に行い、当面は参院選勝利に全力を傾ける考えを表明した。

 これに対して民主党の岡田克也代表は、衆院統一会派を結成した維新の党との合同総会で「重要な問題を先送りしてばらまき、国民に正直に説明しないのが安倍政治だ。こういう政治をいつまでも続けさせるわけにはいかない」とし、首相を批判した。通常国会開幕の冒頭から闘争心丸出しで6日の代表質問でも参院選を意識した対決発言を連発した。

 各党の参院選出馬準備は着々と進んでいる。改選数121に対して自民50人、公明9人が改選となる。すでに自民、公明は過半数122を超え135に達しているため、公明が改選数を維持すれば自民は13議席減少でも過半数に達する。首相が会見で目標に設定した「与党で過半数」のラインは楽に超えることができる。

 それにもかかわらず会見で「本年は挑戦、挑戦、そして挑戦あるのみ。未来へと果敢に挑戦する」と約20分の会見で「挑戦」の言葉を24回も繰り返したことに「大きな違和感がある。楽勝の参院選のみが頭の中にあるのでなく、衆参ダブル選挙を意識した意気込みが感じられてならない」と自民党中堅は指摘する。

 衆参ダブル選については昨年11月29日、自民党の谷垣禎一幹事長が「いろいろな考え方がある。いろいろな可能性はある」と述べると共に、佐藤勉自民党国対委員長も「甘く見ないで。来年ダブル選挙があるかもしれない」と可能性に触れたことで、さまざまな臆測を呼んだ。これを受けて岡田民主党代表も国会召集を例年より早めたことに関し「来年の衆参両院ダブル選挙の可能性を残すなど、いろいろなことを考えて判断したのだろう」との見方を示した。

 さらに岡田氏は「17年4月の再増税以降はしばらく選挙ができないと思う」とも語り、重ねて同日選の可能性に言及した。与野党のトップがこうした政局の読みを示しているのは、政権交代選挙に勝利してから4回目の新年を迎えた安倍首相の政治手法に通じてきたからで、それなりに信憑性を持っている。

 では、首相が記者会見で「全く考えていない」と表明した衆参ダブル選挙がなぜあり得るのか。

 理由の第一は、岡田代表が指摘したように、10%への消費税再増税は「リーマンショックのような事態が生じない限り延期しない」と公約したため、来年4月以降の解散はしばらくは難しくなるからだ。アベノミクスはまだまだ途上であり、国民が最も嫌がる消費増税をした後は、支持率が下落するのは必至。そこで解散総選挙をしても逆風が吹き、勝利することはできない。衆院で現有の自民、公明合わせて3分の2を超える326議席を激減させることにもなろう。そうなれば、憲法改正発議に必要な衆参各3分の2以上の議席を失うことになり、首相の悲願達成は事実上、不可能になってしまう。つまり、解散カードを切るのなら、来年4月以前が得策との観測が成り立つ。

 第二の理由は、参院選単独では厳しいが衆参ダブルになると戦況は一変するということだ。政権選択選挙でない参院選に対して有権者はバランス感覚から、衆院の現勢とは違った勢力図をつくることで安心を得る傾向がある。衆院で自民が圧勝しながら参院ではあと一歩勝ち切れないのは、不満がそのまま投票行動に結び付くからだ。衆院選単独となると政権選択選挙になるので、投票行動は慎重になり自民に有利になる。それが、衆参ダブルとなると、有権者は大きな変化を望まず、お灸をすえるというより期待感を優先させ政権側に有利になる傾向があるのだ。

 過去2回の衆参ダブル選挙でも自民党は圧勝している。1980年の「ハプニング解散」と86年の「死んだふり解散」だ。「ハプニング解散」とは、社会党などが自民党議員のスキャンダルを理由に内閣不信任案を出したところ、自民党の反主流派だった福田派、三木派が大量に造反したため、まさかの不信任案が可決し、解散に雪崩れ込んだ。ところが、選挙中に大平正芳首相が急死する緊急事態が起こり、一転して弔い選挙の様相となり、その結果、自民党は衆参両院で地すべり的大勝を収めたもの。

 また、「死んだふり解散」とは中曽根康弘首相(当時)が高支持率を背景に衆参同日選を図ったものの一時は断念したとされたが、通常国会閉幕直後に臨時国会を召集し解散に踏み切ったものだ。不意打ちをくらった野党は惨敗、一方の自民は300議席を獲得し中曽根首相は総裁任期の1年延長のお土産となった。

 「どちらも中選挙区制でのダブル選挙ではあったが、相乗効果があった。公明党の山口代表はダブルは難しいと言っているが、公明党の主張した軽減税率を受け入れ大幅譲歩したこともある。公明が戦えないはずはない」と自民党幹部は語る。

 第三は、対戦相手の野党側の共闘が進んでいないことがある。かつての橋下新風などは一向に吹く気配がない。民主と維新も衆院での統一会派結成までは進んだが合併や野党再編を狙った新党結成に至るにはまだまだ時間がかかりそうだ。参院選単独では選挙区調整や統一候補の擁立である程度はうまく行き、自民党側は1人区では分が悪くなろう。ところが、衆院選を絡めると途端に野党側の選挙区調整は暗礁に乗り上げ、野党再編の求心力は遠心力に変化してしまう。そのこともダブル選挙を裏付ける根拠だ。

 国際舞台で安倍外交の花火を打ち上げる伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)のタイミングもプラスに働こう。国会閉幕直前の5月26、27日に開催されるサミットにかける首相の意気込みは強い。

 「いよいよ、日本が議長国となり、伊勢志摩に、世界のリーダーたちをお招きすることとなる。眼下に広がる志摩の豊かな海は、太平洋から、インド洋にまでつながっている。アジアやアフリカのたくさんの国々の思いを胸に、日本は議長国として、世界の平和と繁栄のため、世界のリーダーたちと率直に話し合いたい。さらに、伊勢神宮を始め、日本の伝統や文化、美しい自然を、存分に味わっていただきたい。日本の『ふるさと』の素晴らしさを、世界に発信する機会にしたい」と張り切っている。

 そのため首相は、事前にサミット出席国を訪れ議論するテーマや共同声明の内容の調整を図る意向だが、そこでの主なテーマは世界経済、国際テロとの戦い、貧困や開発、アジア太平洋情勢などとなろう。なかでも注目されるのは、積極的平和主義外交を展開し中国包囲網の形成に努めてきた首相が、議長国となって各国首脳の見解を集約する点だ。南シナ海の南沙諸島や西沙諸島において人工島を勝手に埋め立てて造り、そこを軍事拠点化するなど国際法に違反し力づくで領土・領海を拡張する中国に対して厳しい非難声明を準備し、中国に国際的な圧力を掛けることになろう。

 加えて首相は「安保理の非常任理事国入りとなる。初めてとなるアフリカでのTICAD開催、日中韓サミットの議長国就任など、日本外交が世界を引っ張っていく一年となる」と年頭会見で胸を張った。韓国との間で慰安婦問題を解決し新たな日韓関係を印象付けることも、日韓米を強化する新たなスタートとなり得る。そうした主導権を発揮する姿を国民にアピールすることで内閣支持率を上昇させ、直後の国政選挙に突入できる環境を醸成し得る。

 衆参ダブル選となる5つ目の理由としては、安倍首相がこれまでに見せた政治手法がある。第2次安倍政権が発足したのが2012(平成24)年12月。それからわずか2年後の2014(同26年)12月に解散して第3次安倍政権を発足させている。過去の首相は安定多数の議席を確保していれば敢えて解散に踏み切らなかった。ところが、安倍首相の場合は違うようだ。衆議院議員の政治生命が短縮されようと国民に問うべき大義さえあれば、迷わずに解散カードを切る。前回の大義は「消費増税の延期」だった。今回が憲法改正であってもおかしいことはない。

 「ただ、選挙戦で改憲の旗を前面に掲げるのはタイミング的には熟していない。とりあえず数をそろえておくことが狙いだ」と語る自民党幹部は、「首相が悲願とする改憲を実現するためには、参院で3分の2以上の改憲派の議席が必要となる。今夏、確保できなければ、さらに3年後となり首相の任期が切れてしまう。したがって、その数を確保するためには衆院選とダブルで行う以外に道はない」のだと言う。

 現在、非改選の改憲派参院議員は、自民、公明、おおさか維新、こころ、無所属議員を合わせると88人いる。それ故、3分の2に達するためには、改選議席のうち74の改憲派議席を確保しなければならない。この勝負に勝つためにこそ「挑戦」の言葉に拘ったのだと見ることができる。

 国会は今後、2015年度補正予算案審議を1月中旬までに成立させ、16年度予算案審議に入り、税制関連法案や環太平洋連携協定(TPP)の承認と国内対策関連法案の審議などを中心に与野党の論戦が行われる。特に、TPPに関しては1人区が多い農村地域に関係し、農産品の「重要5項目」などの関税が維持されなかったことから野党側から「国会決議違反」などと批判されることが予想される。そのため審議には時間をかける必要がある。

 会期は6月1日までの150日間。会期末に衆院が解散された場合には憲法の規定により、7月10日のダブル選挙が可能になる。また、延長次第で7月17日、24日の投開票もあり得る。首相としては、4月24日の衆院北海道5区補選や経済状況、内閣支持率などを勘案して衆参ダブル選に踏み切るか否かの最終判断を迫られることになろうが、「すでにダブル選を固めているどころか、小泉純一郎が郵政民営化のシングルイシューで解散し圧勝したように、来年4月の消費増税再々延期だけをテーマとして7月のダブル選の半年後あるいは来年の通常国会で施政方針演説をした直後にまたまた解散するのではとの観測すら出ている」(政界関係者)というのだ。

 安倍首相とすれば、中曽根首相(当時)が行った「死んだふり解散」の如く、当面はダブル選を否定し続けようが、解散風はいったん吹き出すと誰にも止められなくなる。今年の政界は、緊迫感が日々強まることになろう。

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