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首相「改憲、在任中になす」

7月衆参ダブルさらに濃厚に

野党5党、選挙対策を加速

 安倍晋三首相は悲願の憲法改正を「在任中に成し遂げたい」と気迫を持って言い切ったばかりか、「参院選は自公対民共の対決」とし保革決戦を表明するなど対決発言を際立たせるようになってきた。これは、衆参ダブル選挙に向けた環境づくりとの見方が広がっている。一方の野党側は、民主党と維新の党が3月27日に合流、野党5党(民主、共産、維新、社民、生活)共闘をベースとした選挙対策を加速させている。


 夏の参院選と同日に衆院の解散総選挙はあるのか――。これが今の政界の最大関心事だが、最近の安倍首相の発言には「同日選」を示唆する微妙な言い回しがところどころに出てくる。もちろん、「いつ解散をやるかを言ってしまったら解散の効果はない」(自民党幹部)のが事実。そのため、解散権を唯一持つ首相の発言のニュアンスや側近らの言動を読み解くしかないのだが、首相の野党への対決発言は激化するばかり。首相周辺からも衆参ダブルへの布石と思われる発信が相次いでおり、7月同日選への流れがさらに濃厚になってきたようだ。

 その第一のヒントが、憲法改正に対する首相の意欲が満々と表れている相次ぐ発言から読み取れる内容である。2月3日の衆院予算委員会では憲法9条について「憲法学者の7割が自衛隊の存在自体に憲法違反の恐れがあると判断している」と改正の必要性を強調。3月1日の同委では「国会の憲法審査会で議論が収れんすることを期待している。(衆参両院の)3分の2(の賛成による発議)が可能となったものから取り組みたい」と改憲スケジュールに言及。また、「国際法上持っている権利は行使できるとの考え方の下に自民党草案を示している」と語り、将来的には改憲により集団的自衛権行使を全面的に認めるべきだとの考えを示した。

 さらに、3月2日の参院予算委員会では、「在任中に憲法改正を成し遂げたい」とボルテージを上げたが、ここが読み解く一つのポイントだ。改憲は首相が政治家を志した原点だが、実現の期限を区切ったのは初めてだからである。

 「首相の任期は2018年9月まで。それまでに改憲を実現するには参院で3分の2の改憲勢力が必要だ。前回の参院選で自民、公明、おおさか維新合わせて82議席だったので夏の参院選で計80議席とれば可能にはなる」と、自民党中堅は参院選単独でも前回と同様、大勝すれば改憲の可能性はあると語る。

 だが、参院選単独では〝お灸〟選挙になることが多い。そうなると、与党の自民党には苦しい選挙とならざるを得ない。安倍首相の頭の中には第一次安倍政権の際の2007年参院選惨敗の悪夢が常によぎっている。自民党は37議席しか獲得できず、過去最低だった1989年の36議席に次ぐ大惨敗。非改選と合わせても83議席にとどまった。自民党が厚い支持層を築いてきた地方の1人区では6勝23敗と大きく負け越し。比例選は、民主党が2325万票余りを得て20議席を獲得した一方、自民党は1654万票余りで14議席にとどまる惨敗だった。

 この結果、55年の結党以来、初めて参院第1党の座から滑り落ち、安倍政権退陣の遠因となったのである。

 敗因については、消えた年金記録問題や閣僚の事務所経費不正問題などの批判を浴び、国民の理解を得る作業を怠って諸法案の強行採決を連発したことが指摘されている。今回も、甘利明前経済財政担当相の秘書に絡む金銭授受疑惑や閣僚らの相次ぐ失言が、「気の緩みや傲慢さから出ている」などと批判されている。また昨年、激論の末、強行で成立させた平和安保法制を「戦争法」と呼んで野党5党が歩調を合わせて対決色を強めているのが現状だ。

 そうした中で「お灸」をすえられる性格の選挙になった場合、自民党の大勝や改憲勢力3分の2を参院で獲得できる保障は必ずしもない。「1989年、1998年、2007年の参院選で自民党は惨敗し時の政権が事実上の退陣に追い込まれた。9年周期のジンクスをうわさする者までいる」(自民党中堅)という。それ故に、政権選択選挙でもある衆院選を同日に行い、与党に有利に働くよう有権者のマインドを引き締め、野党共闘にクサビを打ち込む戦術に出るのでは、というわけだ。

 自民党各派閥が例年より前倒しの日程で政治資金パーティーを開催しているのも怪しい。通例では4月から5月にかけて行われる各派のパーティーが今年は3、4月に集中している。昨年は4月に統一地方選があったことから大型連休後の5月開催が多かったが、今年は8派閥中、5派閥(額賀、岸田、麻生、山東、二階の各派)が4月中に、石破、細田、石原の3派閥も5月中に開催される。これは参院選だけでなく、衆院選とのダブル選挙に備え万全を期して夏以降の政局に備えるためのものとみられる。

 その皮切りとなった3月2日の額賀派政治資金パーティーで安倍首相は「何としても勝利し、日本を豊かな誇りある国にしていきたい」と述べるとともに、「7月に参院選がある。安定的な基盤のうえに政策を前に進める」と発言した。この発言が実に気掛かりな第二のヒントだ。

 首相はこれまで参院選の時期について「夏の参院選」という表現をし、何月に実施するか明らかにしたことがなかった。それを6月でもなく8月でもない「7月」と明言したのである。つまり、この発言により国会会期末となる6月1日に衆院を解散する可能性が見えてくるのだ。日本国憲法第五十四条には「衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行い、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない」とある。ということは、「6月1日衆院解散ー7月10日衆参同日選挙」というスケジュールが浮き上がってくるのである。

 5月の主要国首脳会議(G7、伊勢志摩サミット)に向けて、国内外の著名な有識者を招いて世界経済・金融情勢について意見交換する「国際金融経済分析会合」を新設するというのも、来年4月の消費増税を約束していることを考えると、何かあるのではとの疑念が生じる。というのも、増税再延期のための布石を打っているのではとの観測が成り立つからだ。

 もちろん、「不透明さを増す世界経済に対し、(伊勢志摩サミットの)議長国としての考え方、分析を示す必要があるので、さまざまな方から話を聞かなければならない」(1日の衆院予算委)という首相の考えは理解できる。G7は協調して実体経済の底上げとマーケットの安定化を図り世界経済を再牽引する指導力を回復することが最大のテーマであり、そのための首相の責任は重大であることは間違いない。

 ところが、この「分析会合」を数回開催していく予定なのだが、第一回会合にノーベル経済学賞受賞者で米コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授が首相の肝入りで招かれているのが、どうも臭う。彼は日銀の金融緩和政策に賛成し、アベノミクス支持者であると同時に消費増税には反対論者だからだ。2年前に増税延期を後押しした内閣参与の本田悦朗氏も政府側から参加する。本田氏は「ある意味でリーマン・ショック並みのショックが襲いつつある。世界経済は年初から株価が下落、そして円高。このスピードはリーマン・ショックの直後より激しいものがある」と最近、語っている。

 両者の立場は、安倍首相が「リーマン・ショックや大震災という事態が発生しない限り消費税を引き上げていく考えだ」との従来の見解を修正しやすくするものだ。そうでなくても首相は「世界経済の大幅な収縮が起こっているかどうかだが、専門的な見地から行われる分析も踏まえて、その時の政治判断で決める事柄だ」と発言を修正。「リーマン・ショック並みであるという専門的な見地」が出されれば「その時の政治判断」、つまり消費増税延期があり得ると国会で答弁するように変わったのである。

 それを首相がサミットでの議論の参考という名目で聞き取り、増税派の財務省を説得する材料にすることは十分に考えられる。前回の2014年、消費増税延期を決断したときにも、「点検会合」を開催。米プリンストン大のポール・クルーグマン教授(ノーベル賞経済学者)との会談では消費増税に慎重でなければ経済再生はできず、アベノミクスも腰砕けになるとの見解を重視し、消費増税延期に踏み切った。

 「前回の解散総選挙の大義名分は消費税引き上げ延期の是非を問うものだった。今回再び延期するとすれば、少なくとも増税導入予定の来年4月前の段階で国民に問わねばならないことから、衆参ダブルが浮上してくるのだ。それに再び増税を延期するというのが大義名分なら戦いやすい」と政界関係者は語る。

 野党5党共闘が進行していることも政府・与党にとっては気になるところだ。2月23日、民主、共産、維新、社民、生活の5党が幹事長・書記局長会談を開き、参院選での候補者調整をスタート。「5野党連携協議会」の枠組みを作り、宮城、長野などで政策調整を経て候補者調整を実現させている。与党にとっては野党総掛かりで挑まれると改選数1の1人区で苦戦する。例えば岩手、秋田、福島、新潟、長野、三重、滋賀、沖縄では厳しくなる。現職の沖縄担当大臣が出馬する沖縄では、宜野湾市長選(1月24日投開票)での敗北を受け「オール沖縄会議」がフル回転することが予想される。

 さらに、民主と維新が3月27日に合流して新党を結成する。衆院では民主72人、維新21人の計93人、参院では現状の59人にとどまる。安倍政権に批判的な有権者の受け皿となれるかが課題だが、合流が決まった後に綱領作りをするなど「選挙のための野合」との指摘も多い。国民の期待感は小さく、読売新聞が3月4日から6日に行った全国世論調査では「期待しない」が60%で「期待する」の31%を大きく上回っている。

 だが、それをカバーするように共産党が安保関連法廃止を公約するなどの条件を満たせば1人区で独自候補を取り下げる方針を発表し、民主党からは「敬意をもって受け止める」(枝野幸男幹事長)と評価されている。

 4月24日の衆院北海道5区の補欠選挙でも、自民党は「新党大地」から協力を取り付けたが、共産党は擁立していた候補を取り下げ野党候補の一本化を果たした。これにより「与党にとって厳しい選挙になってしまった」(伊達忠一参院幹事長)。「共産党の身を捨てての野党抱き込み戦術は本気かもしれない。志位和夫委員長が2月20日の社民党大会にまで出席したのは旧社会党時代を含めて初めてのことで、共闘への思いが強いからだろう。わが党は野党共闘を『民共合作』と批判するビラを作ってイメージダウンを図っているが、上滑りになってはならない」(自民党幹部)と厳しい。

 ただこの共産党との選挙協力に消極的な維新や民主の議員が少なくないのも確か。それ故、「仮に参院選で候補者調整ができても衆院選を同時に行えば、小選挙区での野党候補者の一本化は暗礁に乗り上げるので、野党共闘を分断できる」(同)ともみられる。すべては安倍首相の腹の内だが、今後の経済指標やTPPの国会審議の行方、4月24日の衆院補選の結果などを見定めながら決断するものとみられる。

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