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衆参ダブル選は見送りの公算

熊本地震への対応が影響 一部に抜き打ち解散説も

 7月10日の参議院選挙に衆議院選挙を重ねてのダブル選挙に向け、着々と布石を打ってきた安倍晋三首相の闘志に「待った」がかかった。4月14日午後9時半ごろ、九州地方を震源とし熊本では震度7の揺れを観測した地震が発生したからだ。その後も大きな揺れは続き、政府はその対処に追われ、選挙どころの話ではなくなってしまった。ところが、5月も中旬になって補正予算のメドもつき、政治日程に余裕が出てきたあたりから、再び「抜き打ち解散があるのでは」といった声が出始めている。「在任中に憲法改正をなす」と語った首相にとって自民党総裁3選はなく、残された唯一のチャンスが7月の参院選で改憲議席総数3分の2以上を獲得することなのだ。参院選単独に全力を傾注するのか、少しでもチャンスがあれば衆参ダブル選を再び狙うのか。与野党の緊張は続いている。


 安倍首相は、通常国会の開幕を1月4日に早め、7月の衆参ダブル選に向けて照準を合わせてきた。今年度予算を順調に成立させ、後半国会を環太平洋連携協定(TPP)関連法案の成立に尽力しつつ4月24日投開票の北海道5区の衆院補欠選挙で勝利して弾みをつけ、主要国首脳会議(G7)である伊勢志摩サミットで得点を稼いで衆参ダブル選に踏み切るとのシナリオを描いていた。

 なかでも、北海道5区補選は、第3次安倍政権発足後、初めての国政選挙であり、野党側は民進党と共産党の共闘した「野党統一候補」が相手だったので、参院選の前哨戦との位置付けのみならず、首相が衆院選を含めたダブル選に踏み切るか否かの有力な判断材料になるとみられていた。しかも、戦況が一進一退だったため、首相自身、地元の選挙応援に入れるかどうか迷いに迷っていたほどだった。もし、応援に入って負けたらダブル選への道を狭めることになると考えていたからだ。

 ところが、その選挙戦の真っ最中に大地震が発生してしまったのである。4月14日といえば、衆院TPP特別委員会での与野党の対立回避が合意され、審議再開のメドが立った日だ。その日の夜に地震が発生し翌15日のTPP特別委では安倍首相による災害状況の報告のみが行われたのである。首相は「被災者の救助はまさに正念場だ。一人でも多くの住民の命を救うため、全力を尽くしてもらいたい」と指示。自らは23日に、北海道5区ではなく被災地を視察するために熊本入りしたのである。

 「もうこの時点で、衆参ダブル選挙は吹っ飛んだ」と自民党幹部は言い切った。「50人近くの死者が出て、9万人超が避難し、捜索も続き、震度6強の地震も相次いでいた。余震もいつまで続くか分からない状況で、選挙なんか無理」と考えたからだ、と同幹部は言う。別の同党幹部も「震災の粉じんも治まらず、憲政の常道ではない同日選挙に持ち込めば、政府・与党への批判が強まることになり、かえってマイナスだ」と語るとともに「党実力者の二階俊博総務会長も『衆参同日選を首相はやる気だ』と言い回っていたが、最近は言わなくなった」とし、衆院選は先送りになるとの見通しを示した。

 自民党の谷垣禎一幹事長もまた、4月10日の記者会見で、来年4月に予定する消費税増税の是非について「生き物である経済をさばくときに、判断は選挙の時期と必ずしも関係するわけではない」と語り、首相が7月の参院選の後に判断する可能性に言及した。これは、前回の衆院・解散総選挙の際に主要テーマとして消費税増税延期の審判を国民に仰いだことに照らし合わせると、少なくとも、消費税延期をテーマにした衆院選は、参院選と同日にはならないことを裏付けている。

 選挙ポスターをすでに準備し終えた現職の衆院議員も「夏になくても年内には間違いなくあるだろう」と語っている。国会、地方を問わず議員関係者のほぼ一致した見方も「天災相手では仕方がない。今回、衆院の解散はなくなった」というものだ。

 政府はすでに熊本地震を激甚災害に指定し、復旧事業に対する国の補助率引き上げを決めているが、10日の閣議でさらに「非常災害」に指定し、大規模災害復興法を初適用することになった。これにより、被災自治体が管理する橋やトンネル、道路などの復旧工事を国が代行できるようにもなった。安倍首相は「被災者が日常生活を取り戻し、被災地が復旧・復興を成し遂げるまで、できることはすべてやる」との決意を表明。自民、民進両党も熊本地震の復旧・復興に使途を限定した2016年度補正予算7780億円を16日に衆院を通過させ、17日に成立させる運びとなったのである。

 この政府・国会の対応の早さに「逆に選挙の事情に変化が起きるのでは」と首をかしげているのが自民党中堅だ。場合によっては、衆参同日選の可能性が再浮上する予感がするというのである。

 「地震発生から1カ月での成立は極めて素早い対応ではないか。5年前の3・11東日本大震災の時は、第1次災害対策補正予算4兆153億円を4月22日に閣議決定し、28日に国会に提出、5月2日に成立させた。2カ月弱かかっている。今回も同様の対応だったなら、6月1日閉幕の国会を延長させての成立になったはずだ。5月17日に成立するとなれば政治日程に余裕が出てくる。そのことが、首相に再び衆参ダブルの思いを呼び起こ  後半国会の最大の焦点となるはずだったTPP関連法案についても、政府・与党は春の大型連休前に法案を衆院通過させて、6月1日の会期末までに成立させる考えだった。ところが、西川公也衆院TPP特別委員会委員長の著作物問題、法案をまとめて1本にしている問題、甘利明前TPP担当大臣が国会で説明できない問題などで野党側が強い不満を表明し、円滑な審議が期待できなくなった。このため、谷垣自民党幹事長は4月26日の与野党幹事長書記局長会談で、TPP関連法案について今国会で結論を得るのは断念したことを伝えたのである。

 国会の会期延長も辞さない強い姿勢で臨んだはずのTPP審議が秋の臨時国会に先送りされたことで、これまた政治日程上、余裕が出てきているのだ。それだけではない。TPP審議が過熱すれば、野党側は反TPP連合を組んで悪影響が予想される農村関係者に対しマイナス面ばかりを強調した選挙戦術を展開することは間違いなく、政府・与党側は防戦一方になる可能性があった。ところが、審議自体がなくなってしまったことで対立点が焦点ボケしてしまったのである。このことは選挙戦で与党にはプラスになるだろう。

 政治日程の面では、もはや重要な対決法案はなくなっている。衆院選における「一票の格差」是正を目的とした衆院選挙制度改革関連法案は4月28日に衆院を通過し、近く成立する。すでに、TPP関連法案、年金制度改革関連法案、労働基準法改正案は今国会での成立を断念しており、特定人種への差別防止のためのヘイトスピーチ解消法案や取り調べ可視化と司法取引導入のための刑事司法改革関連法案が残っている程度だ。それらがすべて成立しても今国会では43本に過ぎず、150日以上あった通常国会では戦後3番目の少なさだ。

 国会での対決構造がしぼむ一方で目立つのが安倍外交の好調さだ。

 5月の連休中は、欧州歴訪に集中し、26、27日に伊勢志摩で開催されるサミットに備えた。さらに、米国のオバマ大統領が訪日中、被爆地・広島の平和記念公園を訪問することになった。現職の米大統領による広島訪問は初めてで、安倍首相は「今回の訪問を、すべての犠牲者を日米でともに追悼する機会としたい」として歓迎している。サミット議長国としての采配ぶりも加われば、支持率は大きくアップすることが予想される。

 一方の野党側は、共産党を含む野党共闘の準備を進めながら、中曽根康弘元首相の時のような抜き打ちの「死んだふり解散」があり得るのではないかと警戒している。民進党の岡田克也代表は5月5日に、地方で記者団に「安倍首相が簡単にダブル選挙をあきらめたとは思っていない。チャンスがあればやってくる」と語っている。

 民進党とすれば、旧民主党時代の一昨年12月の突然の衆院解散選挙に準備不足で対応できず、候補者を擁立できたのが小選挙区295のうちわずか178人。38議席しか獲得できず、当時の海江田万里代表も落選した。そのため、現在、候補者擁立作業を急ピッチで進めており、小選挙区約200人を内定。さらに5月中に20人程度増やしたい考えだ。

 ただ、一方で、旧民主党時代の主要支援労組の連合は4月14日の中央執行委員会で、旧維新と合流した民進党への対応について「支援を強化」の文言を削除した。その背景には、官公労に批判的な旧維新系議員をけん制することがあった。また、共産党と接近していることに対する強い反発もある。

 共産党としては「安倍首相が早期の衆院解散・総選挙を行ったとしても、攻勢的な対応ができるよう衆院小選挙区での選挙協力態勢を構築することが急務である」(志位和夫委員長)とし、衆参同日選をにらんだ野党共闘態勢づくりを急ぐ考えを示している。ところが、民進党側は参院選での積極対応と異なり、衆院選での共闘には慎重姿勢を崩していない。

 こうした分かりにくい姿勢であることなどから、各種世論調査では、民主党と維新の党が合流した結果の民進党の支持率が大幅に下落し、一ケタ台へと急降下している。民進党の枝野幸男幹事長は「僕は一貫して、1回1回の世論調査には反応しない」と強がりを言うが、国民の期待値はかなり低いし上昇する気配もない。こうした状況の中で北海道5区補選では自民・公明が民進・共産を退けたのである。1万2千票の差での勝利は与党に弾みをつけており、首相は「勝って兜の緒を締めよ」と言いながらもご機嫌だ。もし、敗北していたら「野党共闘強し」のムードが広がっていただろう。衆院選を参院選に絡めれば、野党共闘を壊せるとの読みがダブル決断を迷う首相の背中を後押ししないとは限らない。

 そして、何よりも首相が政治家になる原点となった憲法改正を実現できるか否かの瀬戸際に立たされていることがある。いくら50%に近い高支持率が続いているといっても、自民党の総裁任期には限りがある。「3選禁止」という党の内部規定を変えない限り、首相にはあと2年4カ月しか残されていない。つまり、次回の平成31年の参院選時に、「安倍首相」は存在しないのである。今夏の参院選が、衆参両院で改憲に必要な数である3分の2以上を集める最後のチャンスなのだ。

 そのためには、政権与党に不利なお灸選挙と言われる参院選単独ではなく、政権選択選挙の意味を持つ衆院選を同日に行うことで全体的に得票をアップさせて勝利する道は捨て難い。アベノミクスの見通しも不確実性を増していて「そのうちに衆院を解散する」などと悠長なことを言ってはいられない。

 もちろん、参院選単独で改憲議席総数で3分の2以上を確保するのが常道であり、そこに首相が全力を傾注するというのが現状では、最も可能性が高い。ただ、間違いのないことは、衆参ダブルへと誘う客観情勢が少しずつ増しているということである。

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