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今月の永田町

改憲勢力3分の2超え

首相、改憲戦略に踏み出す

 第24回参院選挙は、安倍晋三首相の勝敗ラインとして設定した自民、公明による改選過半数(61議席)を獲得して大勝した。しかも、改憲勢力4党(自民、公明、おおさか維新、こころ)に非改選無所属も含めて参院全体の3分の2の議席数を上回り、衆参両院で憲法改正を発議できることが初めて可能となり、改憲に向けた環境が整った歴史的な勝利となった。安倍首相は慎重かつ周到に改憲戦略に踏み出すが、各党との改憲条項の合意形成は前途多難だ。首相の改憲の悲願達成にはまだまだ高いハードルが控えている。


歴史的な参院選大勝

 今回の参院選の焦点の一つは、32の1人区での与野党対決だった。結果は自民の22勝、野党統一候補の11勝で、自民党の大勝だった。自民党は比例代表でも圧勝。3年前の参院選の歴史的勝利の時よりも150万票以上増やし、2000万票を超えた。一方、公明党は5議席伸ばし14議席となった。

 この結果、自民、公明の与党は合わせて70議席となり改選過半数の61を大きく上回ったのである。

 「与党の勝利は、国民が消費税増税の再延期と経済政策アベノミクスの加速にゴーサインを出したことを意民味する」と自民党幹部は強調する。首相も「国民から力強い信任をいただいた」と総括し、早急に経済対策を準備するよう石原伸晃経済再生担当相に指示した。それと同時に、野党第一党の民進党は他の野党と共闘して安保法制の撤回と改憲勢力「3分の2」阻止を訴えたが、これも否定されたことになる。

 民進党は獲得議席32(改選議席から11議席減)で非改選と合わせて49議席にまで落ち込んだ。共産党との連携が十分に機能したとは言えず民進党内の保守派から批判が起きている。本来なら岡田克也代表の進退が問われていいのだが、代表の進退を懸けた地元の三重選挙区で競り勝ったためか、「9月予定の党代表選までは続投」と涼しい顔をしている状況だ。

 もともと民進党、共産党による「民共連携」にはムリがあった。余りにも重要政策が違うためだ。例えば、日米同盟を堅持し自衛隊を認める民進党に対して、共産党は日米安保条約の破棄と自衛隊の解消を党是としている。ここを与党は「野合」だとして突きに突いた戦術が奏功したのだ。

 「安倍さんはこれで国政選挙4連勝だ。こんな総理はかつていなかった」と話す自民党中堅は、「単に自民1強の基盤が継続しただけではない。衆参両院で改憲勢力が3分の2を超えたことが最も重要なことなのだ。総理の悲願である憲法改正が視野に入ってきたからだ」と歴史的な勝利を強調する。

 憲法第96条第1項は、憲法の改正のためには、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」とある。従って、今回の勝利でこの第一の難関ハードルをクリアしたことになるのだ。

 だが、次のハードルはさらに高い。国会が国民に発議し、国民投票の審判を受けるための改憲原案をまとめ上げなければならないからだ。首相は7月11日、党本部で行った記者会見で「(衆参両院の)憲法審査会で真剣に議論していくべきだ」と述べるとともに、「所属政党にかかわらず議論が進み、収れんしていくことが大事だ」と強調した。

 首相が前面に出れば出るほど他党の警戒感が増し、引いてしまいかねない。そのため表面上は国会にゲタを預けた形にしているのだが、首相の意気込み次第で議論が深まるか否か決定的に影響するのは当然のことである。

 会見と同じ日の11日、安倍首相は首相官邸で公明党の山口那津男代表と会談し、今後の政権運営での協力を取り付けた際、山口代表から「憲法審査会では落ち着いて議論を深めていくべきだ」とクギを刺された。「平和の党」を自任する公明党は、これまで有事法制、国連平和維持活動(PKO)法、安保関連法などの重要法の採決ではすべて自民党についてきた。「憲法改正は最後の最後だ。公明党は改憲を参院選の公約に入れなかったように、簡単には自民に乗れない」(与党関係者)との姿勢だ。

 ただ公明党の基本姿勢は、「加憲」である。自民党に付き合って改正を支持し憲法の条文を変えずに加えるだけ、という手法を主張してきた。そのため、現在条文にはない「環境権」や「参院の合区解消」、大規模災害やテロに備える緊急事態条項の創設の中で「国会議員の任期を暫定的に延長する特例規定」などで歩み寄る可能性は否定できない。

 また、首相は自民党改憲草案について「そのまま通るとは考えていない。わが党の案をベースに、3分の2を構築するのが、まさに政治の技術だ」との考えだ。そうだとすれば、緊急事態条項の中で、国内発生的な緊急事態に対しても規定を設ける案も浮上しよう。自民党改憲案(第9章98条)に混在している国内の非常事態と、国外からの侵略などの危機に関する緊急事態との切り離しだ。

 つまり、大地震、大津波、火山の噴火などの自然災害や原発事故などの人工的災害、内乱などの国内における非常事態のみの規定を設け、「緊急財政処分」の規定を置いて国庫からすぐに資金を出せるようにするというものだ。先の熊本大地震の際には、自衛隊の迅速な派遣は評価できるが、「激甚災害」の宣言が遅いと首相への批判も出たのも、この規定がないことに起因していたと考えられる。これを共通項にするなら、公明党が乗ってくる可能性はあろう。

 いずれにせよ、衆参憲法審査会では野党側とも具体的な改正項目に関する集約をしていく必要がある。

 では民進党はどう出るか。

 自民党の谷垣禎一幹事長は民進党と一緒に改憲作業を進めたい意向を表明しているが、岡田代表は安倍政権下での改憲には反対と語っている。だが、改憲勢力が衆参ともに3分の2以上になったことから、いつまでも憲法審査会を欠席しているわけにはいかなくなるだろう。民進党の綱領にも「未来志向の憲法を国民とともに構想する」と明記されているのだ。改憲派議員の不満もさらに強まろう。

 自民党中堅もこう指摘する。

 「共産党との選挙共闘のため、護憲へカーブを切ったが、その結果、民進党らしさが失われ、かつての社会党のようになってしまった。このまま行ったら共産党に沈没させられる。政権交代可能な政党を目指してカーブを切り直し、議論の場に出てくるのではないか」  また、首相の改憲戦略は想像以上にシビアだとも同氏は語る。「国会で改憲の議論が高まれば、民進党内に亀裂が生じる。そこにくさびを打ち込んで分裂を誘発し、3分の2をさらに上回る賛成票獲得に乗り出す」というものだ。秋の臨時国会以降、民進党には党分裂という事態を含めた修羅場が待ち構えているのかもしれない。

 それだけではない。改正項目の集約に、どれだけの時間を要するのかにもかかわるが、合意形成ができた時点で、首相は「改憲」を旗印にした衆院の解散総選挙を打ちに出る可能性があるのだ。与野党合意の改憲案となるので、一部共産党などを除いて選挙戦で与野党の対決案件にはならないため堂々と改憲を訴えられる。

 その選挙で、改めて改憲勢力を3分の2以上確保した上で、国会として改正原案を発議し国民投票にかける。あるいは、憲法上、「承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」ことから、衆院選と同時に国民投票にかけるという戦略が浮上してくるのである。

 ただ年内に合意形成ができるとは考えにくい。大型補正や環太平洋連携協定(TPP)承認など秋の臨時国会は懸案が山積しているからだ。首相は、8月に国会を召集し、3日にも内閣改造・自民党役員人事を断行して「選挙で約束したことを実行する強力な布陣」を構築する意向を表明している。落選した法相や沖縄北方担当相の交代とともに、菅義偉官房長官と谷垣禎一自民党幹事長を続投させるかについては「白紙の状態」である。ただ、改憲を政治家になる際の志に据えた首相にとって、来年のどこかのタイミングで解散の勝負に出る可能性は否定できない。

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