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書 評

「ニュースがわかる世界史」 宮崎正勝著

トピックスの裏に歴史あり

地表の木を見ただけでは木を理解でき ず、地下の根を見る必要がある。
 同様に世界情勢を俯瞰する際、社会や 政治現象として現実を見るだけでは不十 分で、その歴史を見る必要がある。現実 はその歴史の反映でしかない側面が多い からだ。
 そうした意味から、本書はニュースの 背後に潜む歴史にテーマを絞ったもの だ。ただトピックスとしてのニュースで はなく、歴史から紡ぎだされた現象とい うわけだ。
 歴史的分析というと、多岐にわたる視 点と膨大な考察が必要になるが、本書は 簡潔にまとめているのが特徴だ。その分、 物足りなさは残るが、総論として概略が 分かる点は ありがた い。その意 味では、歴 史的考察の入門書ともいうべき存在だ。
 だが意外にも、本書には目から鱗の事 実が満載だ。それは評者の浅学ゆえと言 われればそれまでだが、知的地平線が押 し広げられたのは事実だ。 
 例えばロシアから北方4島返還が難し い最大の理由を、ロシアがシベリア東部 など広大な中国領を奪った歴史があるか らだと指摘する。北方4島返還は、単に 島の返還だけにとどまらないがゆえに難 しいというのだ。 また、中国は大陸国家から海洋大国へ 転身を試みようとしているが、簡単では ないと説く。第一次大戦前のドイツのよ うに、ユーラシア大陸の歴史には、大陸 国家が海洋大国を兼ねた歴史はなく、ド イツもソ連も海洋大国への転換は失敗し ている。
 米国に関する記述も新鮮だ。
 米国は従来、貧しい黒人、ヒスパニッ ク、アジア系の移民に対して無関心で、 黒人と先住民が選挙権を獲得したのも、 第二次世界大戦後の1964年のことだ ったと言う。米国は少し前まで、財産を 持った白人の民主主義国家だったのだ。
(角川書店 1600円+税)


「ギリシャの誘惑」 池澤夏樹著

エーゲ海の潮風を感じる筆力

どこに行けばアテネの味に味わえる か。アテネ人は味覚だけを独立して追求 しない。食事にはまず友人が必要で、そ れからワインがあり、何よりたっぷり時 間があり、それから料理がある。
 料理は風土を反映する。ギリシャ料理というと、たっぷりのオリーブ油にトマ ト味などさまざまな野菜とヨーグルトと いったところが基本だ。肉は牛と羊と鶏が 主で、ポークはめったに食べない。そうし た意味ではイタリア料理に近いが、肉の食 べ方ではトルコ人に近い。トルコ人は元来、遊牧民だから、羊を料理するのが上手い。
 著者はギリシャで高級なレストランに 行って、これがギリシャ料理だと早合点 してはいけないと警告する。アテネで一 番の料理は家庭料理だからだと言う。
 本書はギリシャにほれ込み、住み込ん だ著者ならでは深みのある文化論を展開 するギリシャエッセーだ。
 ギリシャは冷戦時代、対ソ連の最前線 に位置するという地政学的理由から、ア メリカから手厚い援助を受けていた。援 助の受けても「欧米がギリシャを養うの は当たり前」と考えていた。
 そこで、政権は不景気になると失業者 を公務員にするという安易な政策をと り、国民の2割以上が公務員という状態 だった。
 左派政権によるばら撒きで公務員は 55 歳になると定年を迎え、年金生活に入っ た。オスマン帝国の支配下にあった時代 からギリシ ャの脱税は 常態化して おり、20 04年のアテネオリンピックの過大な建設投資の赤 字もあって、財政赤字の累積が目も当てら れない状態にあった。社会保障と年金が かさみ、財政の破綻は当然の帰結だった。
 2010年になると、ギリシャの経済 危機がポルトガル、イタリア、アイルラ ンド、スペインに連鎖し、ソブリン(国 債)危機が広がった。その結果、ユーロ がドルと肩を並べ「国際通貨」になる道は険しくなった経緯がある。
 アクロポリスや古代アゴラなど歩いて 回るには丁度いいアテネは、散歩にふさ わしい町だ。歴史ある町の散歩は、脚力 だけでなく知力と想像力も練磨できる が、本書は生活感覚でギリシャを知り尽 くした著者ならではの筆力で、エーゲ海 の潮風に吹かれているような気分に浸れ る。
(書肆山田 2500円+税)


「グリーンの上の政治家たち」 石井一著

大名ゴルフだった金丸信氏

米大統領はみなゴルフ好きだと言 う。オバマ大統領は米軍慰問で訪れたク ウェートで密かにクラブを握っていたと される。そのゴルフ中毒のオバマ大統領 を批判していたトランプ氏も、いざ大統 領に就任すると、4日に1日の割でグリ ーンに立っている。
 トランプ大統領が昨年 11 月に来日した 際には、安倍晋三首相が松山英樹プロを 交え、霞ケ関カンツリー倶楽部でラウン ドした。かつて安倍首相の祖父・岸信介 総理も渡米した折に、アイゼンハワー大統領とゴルフで日米親善を深めたことと 重なって見える。
 またケネディ大統領は、ホワイトハウ スの中庭にアプローチショットの練習場 を作った。
 政治は何もホワイトハウスや永田町だ けで行われるものではなく、グリーンで も動く。国 会議員歴は 四十路を超 え、ゴルフ 歴は還暦を超えた著者ならではの、グリーンを舞台 にした政治家の人物論が本書の白眉だ。
 著者によると、亀井静香と金丸信のゴ ルフは似ていたと言う。キャディーの他 に秘書をお付きに従え、ティーグラウン ドでは彼らがティーを立て、フェアウェ ーでも打ちやすい場所に彼らがボールを 置き、先生方はそれを一振りという大名 ゴルフだ。しばしば空振りもあるが、ス コアに関してはどこ吹く風の「ドンケア」 精神が、いかにも大物ぶりを彷彿とさせ る。
 なお、天国の次に行くのが難しいとさ れる米サイプレスポイントは、世界中でゴルフを楽しむゴルフ通が「死ぬ前に最 後のプレーをするとしたらどこか」と問 われて躊躇なく答えるコースとされる。
 そこでプレーした著者は、牧歌的な雰 囲気のある、なだらかな下り勾配のアウ ト一番からスタートし、砂漠に迷い込ん だり、ロッキーの山中にいるような風情 のホールが現れたりと、各ホールで全く 異なる趣のバラエティーさが素晴らしい と言う。
 本書は世界の名門コースを渡り歩き、 永田町の住人たちとグリーン会議を楽し んだ著者の回想録だが、結構、楽しめる。
(産経新聞出版 1400円+税)


「劉暁波伝」 余傑著 劉燕子編 劉燕子・横澤泰夫訳

圧政に妥協せず真の生命求める

 中国は世界中で獄中作家が最も多い国 だ。真実を語れば、独裁政権の鞭が待っ ているのだ から、真実 の書き手は 格子戸の中 となる。
先だって獄中死したノーベル平和賞作 家・劉暁波氏も同様だ。
 自由のはく奪だけでなく多大な犠牲を 強いる投獄は、苦痛でしかない。だが、 劉暁波氏は入獄にするにあたり心境は穏 やかだった。
 「仁を求めて仁を得た。異議を唱える人の一種の『職責』であり、入獄は正常 な状態だ」との覚悟があった。
 もし、こうした心理的準備がなければ、 中国共産党に挑戦してはならないと劉氏 は言う。
 蛇を捕まえるのに、蛇にかまれない者 などいるはずもなく、牢獄の鉄の扉は自 由に至るために必ず通らなければならな い道へと通じると悟っていたのだ。
 投獄の前には、自宅軟禁生活を強いら れた。電話回線やネットは切られ、情報 の盲人と語ることを許さない聾唖者にさ れた。
 それでも劉氏は、困窮すればするほど 希望を持ち、外部が暗黒であればあるほ ど、心の中は明るくなるという根っから の楽観論者だ。
 そうした中、劉氏は中国で絶えること のない「文字獄」の最後の被害者であら んことを祈った。誰もが発言のゆえに、 罪を得ることがない社会の実現を求め た。表現の自由こそが人権の基礎であり、 人間性の基本であり、真理をうむ母だか らだ。
 共産党独裁政権と妥協することなく、良心の囚人を貫いた劉氏の壮絶な生き様 に、中国にもこうした知識人がいたのか と希望を見る気がする。
 中国の知識人は「思想では巨人だが、 行動では小人」とされる中、劉氏は「思 想において巨人、行動においても巨人」 であることを実証してみせてくれた。
 劉氏をして劉氏足らしめたのは天安門 事件だった。
 劉氏は「1989年6月4日の未明、 私の少年時代は繰り上げられて終わった」 と回顧する。一夜で通過儀礼を経験し、 成人になった。あの未明、涙でかすんだ目から、善と悪、自由と奴隷、闇と光を はっきりと見ることができたと言う。
 劉氏を知る友人は「君は何でもまっす ぐで、腹にそろばんがない。いろいろな 策をめぐらす政治をやるタイプじゃな い」と批判したことがある。
 それに対し劉氏は「僕がやるのは政治 じゃなく人権だ」と述べている。この思 いは天安門事件の時と変わってはいな い。劉氏は天安門事件で「我々は死を求 めていない。真の生命を求めている」と 語っているが、生涯それを貫いた一徹さ は壮絶だ。
(集広舎 2700円+税)


「浮浪児1945─戦争が生んだ子供たち」 石井光太著

暗闇に魂の輝きを探る

本書は多くの「浮浪児」を生んだ戦中、 戦後のどさくさを時代背景としたドキュ メント作品だ。
 戦時中、 両親をなく した「浮浪 児」は、周 囲からなけなしの食べ物を分けてもらった。
 苦しい生活でも良心があった。
 だけど、戦争に負けたとたんに、人々 から情が消えた。
 そうした「浮浪児」から見える魂の敗 戦記こそ、著者ならではの視線を感じる。  東京の闇市状況も興味を引く。
 戦後、砂糖を原料とする飴は禁制品となったことから、サッカリンと芋を使うこ とで大量の甘い菓子が売れた。上野のア メヤ横丁は、その飴屋からとった名前だ。
 新宿の闇市は、終戦後5日目の8月 20 日に誕生した日本初の闇市だった。今の 東口の新宿通りに禁制品や外国製品を扱 い、新宿西口のションベン横丁には米軍 基地の物品が並べられた。
 しっかりした商店が集まった浅草は、 戦後も秩序は保たれたと言う。子供もた かったりせず、アルバイトで稼いだ。
 闇市など多くの人が集まる場所では、 偽者の傷痍軍人がいい場所に陣取り、荒 稼ぎした。本物の傷痍軍人は盲目だった り、手足が不自由で、取締りなどの時に逃 げられず、地下道など人が通らない壁に 向かってハーモニカなどを吹いていた。
 「浮浪児」が稼ぐと、本物の傷痍軍人 に食べ物をわけ、お礼に読み書きや英語 を教えるといったこともあったと言う。 学校には行けなかったが、こうした格好 で勉強した「浮浪児」もいたそうだ。
 最底辺の暗闇の中に、魂の輝きを探る 石井節が光る。
(新潮文庫 590円+ 税)

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