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回顧録18

苦境の中にこそ未来あり

日本経営者同友会会長 下地常雄

ゲーテは「足元に泉あり」との言葉を 残した。
 常に置かれた状況の中で、まずは目の 前の仕事だけに集中して懸命にこなせば 泉が沸いてくる。
 先だって大手町で掘られた温泉だっ て、1000メートルで諦めてしまえば それで終わりだった。たとえ源泉手前、 10 メートルだろうとそこで投げ出せば、 それまでの苦労は水泡に帰す。

ヤオハン破綻で連帯保証
以前、書いたようにヤオハン破綻で連 帯保証の責任を追及された経験が、今の 私を作った。
 結局、債務を割り引いてもらったりし ながらも全部、返還するまで5年かかっ た。
 あの時は、早く処理して楽になりたい といった思いは全くなかった。守るべき ものは何もなかった。人は裸で生まれて、 裸で死ぬ。あの世に手土産や預金通帳を 持っていけるわけではない。
 目の前の問題を処理するため、一歩一 歩、前に進むだけだった。手形を買い戻 すのに、金を工面する。取立てが来る。 決済もある。これらを1つずつ処理して いくだけだ。忍耐以外の何者でもなかっ た。

人の周期は4、5年
ある時点で将来、どうしようとかとい うことは全く思いもよらなかった。目前の課題を、ただこなしていった。今日の 生活をどうするか。ホームレスじゃない けれど、その日暮しのような生活が5年 続いた。
 その時、 思った。人 の周期とい うのは4、 5年。落ち るのは一瞬 でも、4、 5年をなん とかしのげ ば、また新 たなスター トラインに 着ける。
 当時、傍 から見る人 は地獄のよ うな生活に 同情してく れた。だが、 私の心中は 不思議と穏 やかだった。債権の取立てを運命として 受容し、目の前の仕事に集中し懸命にな ることで精神は安定していたのだ。
 個人破産したら、気が楽になったかも しれないが、あえて頑張ってみようと思 った。
 鋼じゃないけど、たたかれ、水に入れ て強くなる。私の場合、ちょっとひどい 叩かれ方だったけれど、人間というのは 所詮、麦踏みの如く、踏まれてこそエネ ルギーをためることができ、生命の輝き を放つことができる。

確実な生の感覚
脳梗塞で倒れ、声を失い半身不随にな った免疫学者・多田富雄氏の闘病記「寡 黙なる巨人」にも同じようなことが書か れている。
 多田氏は半身不随のまま、言葉を失い、 一粒の米も一滴の水を飲むことすらまま ならないまま、沈黙の世界にじっと眼を 見開いてリハビリに励んだ。
 一時は人生をあきらめさえしたのに、 その多田氏を襲ったのは確実な生の感覚 だった。
 精神力に支えられている生命は、全身 全霊で立ち向かう逆境の中でこそ、宝石 のように輝く。


【プロフィール】

しもじ みきお

 沖縄出身で歴代米大統領に最も接近した国際人。1944年沖縄宮古島生まれ。77年に日本経営者同友会設立。93年ASEAN協会代表理事に就任。レーガン大統領からオバマ大統領までの米国歴代大統領やブータン王国首相、北マリアナ諸島サイパン知事やテニアン市長などとも親交が深い沖縄出身の国際人。テニアン経営顧問、レーガン大統領記念館の国際委員も務める。また、2009年モンゴル政府から友好勲章(ナイラムダルメダル)を受章。東南アジア諸国の首脳とも幅広い人脈を持ち活躍している。

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