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松田学の国力倍増論

第15回 サイバーセキュリティと仮想通貨が日本を救う

 かつて未来を象徴する言葉だった「21世紀」が「現在」になって既に18年、この間、とりわけ急速な進歩を遂げてきた情報技術は、私たちが「未来」を考えるタイムスパンスを短期化させている。本来は次の世紀(22世紀)の遠い将来と考えられたSFのような未来の想像図も、今を生きる私たちが生存している間に訪れる「近未来」の事象となるだろう。

未来社会の番人としてのサイバーセキュリティ

既に情報技術の面では、IоT(モノのインターネット)、ビッグデータ、AI(人工知能)、スマートグリッド、自動運転、フィンテック、ブロックチェーンなどの言葉が人口に膾炙(かいしゃ)するに至っている。これらの言葉の普及も急速であり、日本の経済社会に急激な変化をもたらしつつある。果たして人々の意識や社会の仕組みがこの動きに的確に対応できるのか、それが私たちに突き付けられる時代に入っている。
 政府は未来社会のあり方として、「Society5・0」を打ち出している。これは、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」を意味する。かつてトフラーが「第三の波」と名付けた情報革命が行き着く先の次のステージでは、電脳空間が人間の中にまで入り込み、バーチャルとリアルの一体化がヒトにおいても進展するであろう。AIとヒトとの一体化による「人間(生体)革命」、筆者が名付ける「第四の波」が訪れる。
 多くの人々にとって不可視なバーチャル空間が、人間社会を支える巨大システムを支配する時代にあって、それが人間本位の幸福な未来社会の実現に結びつく前提となるのが、サイバー空間を飛び交う情報に関する信頼性や安全性だ。現在既に進展しているIoTですら、それが日常生活に入り込むことで、成りすましの第三者による偽の指示で生じる様々な被害を甚大かつ深刻なものとするだろう。人々の脳や肉体の働きがネットとつながる近未来では、サイバー攻撃は直接、人命に関わる問題になる。
 既に国家安全保障の大半の領域を占めることになったサイバーセキュリティは、まさに「未来社会の番人」でもある。筆者が最近上梓した掲題の著作(写真)では、その完成に向けて政官民学など国を挙げて取り組むことが日本の次なる成長戦略にもなることに加え、いま話題の仮想通貨が社会の仕組みや財政金融のあり方までも大きく変革することを論じている。「限りなく理想に近く、かつ現実的な」未来社会の姿を描こうと試みた書である。

暗号通貨が拓く未来

 いかがわしいイメージがつきまとうのが「仮想通貨」だが、それは「法定通貨」の外側にある、インターネットで送付可能な電子的支払手段を意味する。むしろ「暗号通貨」と称すべきものだろう。既に多くの国で暗号通貨の形態での法定通貨発行の動きがあるのが、その理由の一つだ。ITの発展で、おカネをインターネットで送りたいとの要請に応えたのがブロックチェーン技術であり、その要諦は、中央管理を排した分散型の台帳方式による全員監視とプルーフ・オブ・ワーク(マイニング)の仕組みによって、インターネット送金につきものの二重使用問題を克服し、取引記録の改ざん等をできなくしたことにある。
 ただ、現在のような、価格が乱高下する暗号通貨は、特に「価値を測る尺度」という点で通貨の要件を満たしておらず、価値の裏付けのない、投機専用の共同幻想的な資産に過ぎない。未だ、サイバーセキュリティ的な意味での安全性、現実の取引に使用されるに必要な利便性、本人確認などマネロン対策的な意味での信頼性なども不十分な段階にある。
 しかし、これら課題は克服されていく流れにある。急速なイノベーションにより、個別の実体的な価値を裏付けにして発行され、その価値への評価を共有する人々の間で転々流通する完成度の高い新しい暗号通貨の登場も視野に入っている。ブロックチェーンを超えた、暗号記号列そのものをマネーとするクリプト・キャッシュなどがそうである。かつてハイエクが、国ではなく、民間の人々が自由におカネを発行する時代が来ると予言した通りの世の中になるかもしれない。
 実は、私たちが使用している円などの法定通貨は、中央銀行が供給しているものではなく、市中銀行が信用創造により電子的に預金口座にマネーを振り込むことで生まれているものなのである。異次元の金融緩和で日銀が増やしているのは日銀当座預金という帳簿上のおカネであり、それは市中には回らない。銀行の信用創造とは、利潤を生んで利子をつけて返済できる先への貸付であるから、現在のおカネとは利潤ある所に生まれる、まさに資本主義の産物といえる。
 いずれ、AI革命と超高齢化によって産業社会では雇用されない人口の塊が社会層として広がり、AI富裕層が主導する資本主義社会と併存する形で、多様な人間的、社会的な価値創造を生き甲斐とする「協働型コモンズ」が誕生するだろう。そこは、利潤追求の競争社会とは異なる論理の、多様な価値をバックに発行される暗号通貨の世界になり得る。日本人は世界一、ポイント制が好きな国民であり、日本円は世界一信頼されている通貨だ。その日本が世界に先駆けて、様々な暗号通貨が行き交うグローバルな通貨市場を構築するとすれば、それは日本の国柄にも即した成長戦略になろう。

「松田プラン」と国家戦略としての暗号通貨

 さらに拙著では、「松田プラン」として、日銀ではなく日本政府が政府暗号通貨を発行することを提案している。すなわち、日銀の国債「爆買い」によってアベノミクスが成し遂げた「統合政府」ベースでの財政再建効果を、日銀保有国債の永久国債への乗り換えで確定し、これを市中の求めに応じて政府暗号通貨で償還することにより、日銀が市中銀行を通じて政府暗号通貨を市中に売却していく。インフレにもならず、財政規律にも反しない。
 この政府暗号通貨を、政府への支払や納税などで電子政府的な様々なワンストップシステムとつなげれば、通貨としての利便性が確保され、行政改革にも資するだろう。各自治体でブロックチェーン化を進め、これを地域暗号通貨と接続することも考えられる。
 ブロックチェーンもビットコインも元はといえば、中国が海外に資産を移す手段として開発されたものとの説があるが、今やビットコインを禁止している中国の当局が、人民元建ての暗号通貨の発行を計画しているとされる。個人番号制よりも高い精度で発行元が使用者の個人情報を把握できる暗号通貨は、貿易金融にも馴染みやすい。ならば、「一帯一路」構想のもと、中国はこれによって人民元の基軸通貨化と覇権強化を実現することになるのか…。かたや暗号通貨が金融商品として育っている米国でも、あらゆる資産を電子化する動きが本格しているようだ。
 米国が中国を敵国とし始めたデジタルエコノミーの分野では、もはや日本は完全に中国の後塵を拝するのみとなったと言われる。これは技術の問題だけでなく、あらゆる角度から考えるべき、日本が置かれた深刻な状況を象徴する事態だろう。未来の技術を巡る米中間の熾烈な覇権争いが、暗号通貨の世界でも水面下で展開されていると考えてもおかしくない現在、日本はこの面で国際社会における自国のポジションを確保していくことを国家戦略として真剣に模索すべきである。

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